INTERPRETATION

第362回 尊敬する人との出会い

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

毎年夏の初めに楽しみにしているものがあります。文庫本の冊子です。出版社が夏のおすすめ本としてまとめている、「〇〇文庫の100冊」という類のものです。店頭に置かれているので、目にした方も多いでしょう。

夏はまとまった休みがとれますので、読書には絶好の機会です。あの冊子は私が子どものころからあるのですが、自分なりの課題図書として活用してきました。振り返ってみれば、昔は芥川龍之介や夏目漱石、森鴎外に壷井栄といった文豪の作品がたくさん掲載されていました。しかし、時代の流れなのでしょう。最近は若手作家の本が増え、昔の「日本文学」は少なくなっています。それでも、今の時代の文学作品を知る上ではとても役に立つ冊子です。

ところで雑誌に出ている著名人インタビューを読む際、私が注目している質問があります。「尊敬する人は?」という問いです。その答えというのが様々で興味深く思うのです。偉人の名前を挙げる人、自分と同じ分野の大先輩の名前を口にする人など、同じ「尊敬する人」でも個々人の価値観が反映されています。

中でも多いのが「両親」という答えです。自分を育んでくれた父母への思いが伝わってきます。「幼いころ父にこういう言葉をかけてもらった」「母がいつもおいしい食事を作ってくれた」など、それぞれが両親への愛を語っているのがわかります。かけがえのない存在であることが感じられます。

ただ、私はこうも思うのです。「ぜひ親以外にも尊敬する人を持ってほしい」と。

なぜなら、両親の場合、ずっと共に過ごしていますので、価値観や物事の考え方というのは身近にあるからです。親の嗜好や趣味、愛読書なども必然的に自分には近い存在になっています。一方、家族以外で尊敬する人がいれば、自分の世界もさらに広がるように私は思うのです。

私には尊敬する人が6名います。3名は読書を通じてでした。たまたま読んだその著書に感銘を受けたのです。夏休みなどの長期休暇に読んだ本もあれば、社会人になった直後、通勤電車の中で読んだ本もあります。その一冊がきっかけとなり、その著者の本を読破したいと思うようになりました。さらにご本人がどのような本を読んできたのか、どんな音楽や美術を愛好していたのかなどにも興味を抱くようになったのです。著者の「追っかけ」をすることで、私の視野が大いに広がったと感じます。

一方、もう3名は実社会における出会いがきっかけでした。仕事を通じて知り合ったケースもあれば、たまたま出かけた講演で感銘を受けたこともあります。友人宅でお母様とお話するうちにとても感銘を受けたこともあります。いずれもふとしたきっかけにより「尊敬する人」ができた瞬間です。

故人であれ現役の方であれ、尊敬する方の出会いというのは、自分のその時の心理状態が大いに左右すると思います。とりわけ私の場合、悩みのさなかであったり、停滞期であったりという時ほど、そうしためぐり逢いに感動します。自分の中で突破口を見出したい。けれどもなかなかできない。そのような時期こそ、出会いにより光が差し込み、一歩踏み出す勇気をいただけるのです。

8月は始まったばかり。読書や実生活の中で、みなさんにも素晴らしい出会いがきっとあるはずです。どうか有意義な夏休みをお過ごしください。

(2018年8月6日)

【今週の一冊】

「世界のしおり・ブックマーク意外史」 猪又義孝著、デコ、2017年

私は昔から「紙媒体のもの」が好きです。紙新聞、紙の本、紙の切符、紙地図など、挙げ始めたらきりがありません。電子書籍が誕生した当初、画面上に「しおり」を挟むことができると聞き、今一つ実感がわきませんでした。その後、手持ちの電子辞書にも文学作品が搭載されていることを発見。やはり「しおり機能」があったのですね。希望の場所をクリックすると、その部分が別の色でハイライトされるのです。それが電子辞書上のしおりなのでした。

紙の本の場合、しおりを挟み、本を立てて上から眺めると自分がどこまで読んだかが分量でわかります。大作を頑張って読み進めていると、「もうここまで読んだのか」とうれしくなります。読み終えてしまうのが惜しい本の場合「あと少しで読了なのね」と一抹の寂しさを感じます。しおりは読書のモチベーションに一役買ってくれるのです。

今回ご紹介するのは、世界のしおりを集めた一冊です。自費出版本です。この本を知るきっかけとなったのが、日経新聞の最終ページ「文化欄」に紹介されていた記事でした。著者の猪又氏がしおりへの愛をつづった文章でした。

世界各地に目をやると、いかにたくさんのしおりがあるかが分かります。手のひらよりも細いサイズのしおりは、小さな芸術作品です。風景画あり、歴史的絵画あり、広告ありと、その多様性に驚かされます。書店独自のしおりも面白いですね。本書は全編カラーで、私自身が子どもの頃に見たことのあるしおりもいくつか掲載されていました。中でも325ページに出ていた「にりんそう」のしおりは、幼少期の実家の本に挟まれていたと記憶しています。押し花がそのまましおりになっているのです。

現在も新書や文庫本にはその出版社のしおりが入っています。書店で本を買えば、オリジナルしおりを入れていただけるかもしれません。たかがしおり、されどしおり。本好きにとってはたまらないアイテムです。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END