INTERPRETATION

第360回 学びは意外なところに

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、沖縄返還に関する映画を観ました。「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」というタイトルです。この作品は昨年8月にNHK-BSでドラマとして放送され、このたび劇場版用に再編集されました。ポレポレ東中野を皮切りに全国で上映予定です。

この映画を機に沖縄返還のことを改めて調べてみました。書籍やインターネット上の説明も参考になるのですが、ふと思い立って検索したのが「大学のシラバス」。まずは自分が指導している大学の授業案内を覗いてみました。

今の時代、インターネットでは各大学のシラバスが公開されています。開講科目の詳細を知ることができるのですね。本当に便利な時代です。しかも当該年度の全科目がアップされています。私が学生の頃はインターネットなどもちろんありませんでしたし、授業案内ももっと大まかなものでした。冊子になった講義案内では全容がつかめませんでしたので、サークルの先輩に尋ねたものでした。そうした意見を参考に履修科目を選んでいたのです。当時はいわゆる「楽勝」科目が大人気でしたね。

話を沖縄返還に戻しましょう。

大学のシラバス・ページに行くと検索ウィンドウが出てきます。講義や講師名、開講時期やキーワードなどで調べることができます。そこで「沖縄」「返還」「日米安保」「基地」などのキーワードを入れたところ、いくつかヒットしました。自分が教えている大学でこの授業があったとは知りませんでした!それもそのはず、私が担当している授業以外、あまり知らないまま数年が経っていたのです。

検索結果からクリックしてみると、授業内容の具体的な詳細が出てきました。中でも参考になったのは使用教科書と参考文献です。大学ではどの先生方も綿密に15週間分のカリキュラムを年度初めに組み立てます。学生たちの理解を深めるために段階的に学び進められるような工夫がなされているのです。また、使用テキストも20代前後の学生が理解しやすいものを厳選しています。そのような意味でも大学シラバスは出発点として大いに役立つと改めて思いました。

これに味を占めた(?)私は後日、大学へ行った際、紙版のシラバスを手に入れました。確かにネットでの検索でも十分です。けれども紙版をパラパラとめくることで「こういう講座もあるのね」「この授業も面白そう」と意外な出会いが期待できるのですね。実際にざっと斜め読みをしてみたところ、全カリ科目は文系や理系、スポーツ科目など多岐にわたることがわかりました。改めてシラバスを眺めてみることで、普段は接点のない分野を垣間見ることができたのでした。

この「出会い」というのは、紙新聞をめくったときと同じだと感じます。私は通訳者になってから日経新聞(紙版)を欠かさず読んでいます。ネットの場合、記事をクリックしなければ詳しい内容を知ることはできません。けれども紙新聞であれば、とりあえず紙面を毎日めくり続けるだけでも様々な分野に触れられます。これは目に見えない「知識の蓄積」となるのです。そのストックは大きく、何年も後になってから通訳現場で役に立ったことがたくさんありました。

通訳者になるために必要なこと。筆頭に上がるのは語学力の向上でしょう。けれども言語変換能力が高い「だけ」では通訳者になれません。日ごろのたゆまぬ努力が本番で大きな力を発揮するのです。そのためにも様々な角度からリサーチに取り組み、今、目の前のことが必ずいつか役に立つと信じて励むことが大切です。

最近は何でもインターネットで解決できそうな時代です。けれども新聞や今回ご紹介したようなシラバスなど、意外なところで知識をストックすることはできます。ぜひ皆さんも楽しみながら日々の知識量アップを図ってくださいね。

(2018年7月17日)

【今週の一冊】

「隣人、それから。38度線の北」 初沢亜利著、徳間書店、2018年

6月は通常の業務に加えて、単発の仕事をたくさんいただきました。中でも準備に一番時間をかけたのが、6月12日の米朝首脳会談です。某民放からお声がけをいただき、丸一日缶詰めとなりました。歴史の瞬間を同時通訳する機会に恵まれ、私自身、時代の流れを自分の目で見届けることができ、ありがたく思っています。

この仕事の依頼を受けたのは、さかのぼること数週間前。そこから準備が始まりました。関連記事や過去の動画を調べたり、以前行われた6か国協議についてリサーチしたりと、調べることは広範囲にわたりました。

さらに意識して勉強したのが「一般社会の様子」です。北朝鮮の人々はどのような生活を送っているのか、政治体制は別としてどのような雰囲気の中で暮らしているのかに興味を持ちました。そこで手に取ったのが今回ご紹介する本書です。

著者の初沢氏はプロのカメラマンで、過去にも北朝鮮をテーマにした写真集を出版なさっています。今回の本はその続編とも言えます。全編カラーページで、人々の様子が手に取るように伝わってきます。北朝鮮と言うと、以前の大飢饉のイメージが私の中では強いのですが、今では人々の生活も落ち着いているようです。たとえば22ページに映し出されているとあるお宅の一室。サッカー好きなのでしょう。岡崎慎司選手のペナントも貼られています。机にはMarlboroたばこのステッカーもありました。外界の情報がすべて遮断されているというわけではないようです。

特に読みごたえがあったのは、巻末の初沢氏の取材記です。平壌空港に降り立った際、スマートフォンを没収されてしまうのですが、係官とのやりとりの文章は読んでいるだけでこちらが緊張してきます。写真集にある人々の一見穏やかな日常生活と、空港での様子。その対比を感じます。

初沢氏は私の卒業学科と同じでした。今後の活躍を応援したいと思います。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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