INTERPRETATION

第356回 思い出に残ることば

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ここ数年間、4月始まりの手帳を愛用しています。月間カレンダーと週間見開き縦型タイプからなる一冊です。

この手帳には余白もあるため、私は月間カレンダーの余白に「今月の目標」を、一週間ページには「今週の目標」を書き出しています。具体的な達成事項というよりも、スローガン的なものを書き込んでいます。引用元は書籍の中の一節であったり、新聞記事などで読んだ心に残るフレーズだったりです。毎朝起きた直後に私は手帳を眺めるのですが、その際に「今週の目標」と「今月の目標」を必ず読むようにしています。1年が終了すると、月間目標は合計で12本、週間目標は52本書いたことになります。

本や新聞などを読んでいると、書き写したくなるようなフレーズにたくさん出会います。けれども残念ながらすべてを手帳に落とし込むことはできません。このため、記録しておきたい内容は手帳の余白ページや日記に書き写すようにしています。

そこで今週は、最近私が出会った珠玉の言葉をご紹介いたします。

1.「私たちの意欲は、ただ待っていても出てこない。何かをして良かった、楽しかったと思えるからこそ、またそうしたことをしてみたいという気持ちになるのだ。」

(「こころの健康学」大野裕、日本経済新聞、2018年4月16日月曜日朝刊)

私は動機づけや「やる気」に興味があり、この文章もその一環です。「何か楽しいことがないかなあ」と思っているだけでは、なかなか意欲は出てきません。実際に自分で動いてみて、色々な試みを通じて「楽しかった」「良かった」という経験を積み重ねることが大切なのですよね。最初のトライでうまくいかなくても、それは自分が悪いのではありません。たまたま相性が合わなかったととらえれば良いのです。そうして繰り返していけば、モチベーションは上がるはずです。

2.「希望を持つのはタダですので、明日を信じ感謝して生きて行こうと思っています。」

(「Human Report人間大好き350 星野富弘さん」『マンスリーとーぶ』2018年5月号、東武鉄道広報部発行)

詩画作家の星野富弘さんは若かりし頃、勤務先の中学校で部活動の指導中に事故に遭い、頚髄を損傷しました。1972年頃から筆を口にくわえて美しい絵と詩を創作なさっています。事故直後は絶望感に見舞われたものの、三浦綾子さんの「塩狩峠」を読み、自分にも役割が託されたのだと考え始めます。誰にでも希望を持つことは許されています。しかも「希望を持つのはタダ」。だからこそ前を向きたいと思います。

3.「可能性があると信じるなら飛び込んでみる方法もあります。そこでどれだけ納得できる仕事ができるのかが大切です。」

(「企業選びの新常識 遠藤功さん」『新卒採用広告特集』日本経済新聞、2018年4月24日火曜日朝刊)

実際の新聞記事だけでなく、新聞広告に書かれている文言にも私は注目しています。上記の文章はローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏によるものです。遠藤氏は早稲田大学で教鞭をとられたほか、ビジネス関連の本を多数出版されています。なかでも「ガリガリくん」に関する本は実に興味深かったですね。

この文が掲載されていたのは就職活動生向けの全面広告でした。どのような仕事であれ、自分自身がその会社の可能性を信じるのであれば、思い切って飛び込むべしという内容です。私自身、新しい通訳分野やその他の仕事をする際、迷うことがあります。けれどもまずは試してみる。そして自分なりに納得できる仕事かどうかを見極めることも大事だと考えています。

4.「生活は常に質素で、華美なもの、権力の横暴を嫌った。幾多の喪失感を、研究と発見のエネルギーに変え、国際的に広く尊敬された。」

(「独創性という意志 第三回 『天才の発見を受け継ぐ』村上龍」、EPSON全面広告、日本経済新聞、2018年5月30日水曜日朝刊)

こちらも新聞広告で見つけたフレーズです。筆者は村上龍氏。キュリー夫人について記した一節です。キュリー夫人は幼いころに姉を亡くし、のちに母、父も他界。ノーベル物理学賞を受賞してわずか3年後に最愛の夫も亡くなります。そのような悲しみがキュリー夫人を研究へと駆り立てたのかもしれません。

たとえ今、大変な状況下にあるとしても、自分には与えられた使命がある。そのためにエネルギーを注ぐことこそ、社会への貢献につながると私は感じます。

5.「教育とは憧れに憧れる関係性である」

(齋藤孝・明治大学教授のことば)

ここ最近、齋藤先生の本を手当たり次第に読んでおり、その中で発見した一節です。どの書籍から自分のノートに抜き書きしたのか忘れてしまいましたが、「憧れに憧れる」という言葉が私にとっては強烈に印象に残りました。

私は今まで「学習者」として歩んできた際、その科目の先生に憧れられるかどうかがモチベーションの大きなカギを握っていたと思っています。たとえ苦手科目でも、先生が楽しそうに授業をしていると引き込まれていったのですね。そのような明るい先生に憧れ、やがてその科目にも憧れていくこと。これが指導における理想だと思ったのでした。

通訳も同じだと考えます。漠然と「通訳者になりたい」と思うより、憧れたくなるようなベテランの通訳者を探してみることが学習意欲に結び付きます。そのためには「通訳者が活躍しているセミナーに出かけ、同時通訳レシーバーを借りて聞いてみる」「通訳者が記した本を読んでみる」など、色々な方法があります。私自身、デビュー前に耳にした大先輩の通訳に憧れ、その美しい通訳パフォーマンスを今でも目標としつつ、現在に至っています。

以上、今週は私が惹かれたことばを5つご紹介しました。皆さんにも、自分を支えることばとの出会いがありますように。

(2018年6月4日)

【今週の一冊】

「タイのごはん(絵本 世界の食事)」 銀城康子(文)、いずみなほ、星桂介(絵)、農文協、2008年

インターネットが普及し始めたころの私は「通訳の事前準備=ウェブで検索してひたすら読み込む」 と考えて実践していました。家から外へ出なくても、色々なことがネット上でリサーチできたからです。それまでは図書館や書店へ出向いたり、関係機関に問い合わせたりしていましたので、天候や時間を問わずに調べ物ができるようになったのは本当にありがたかったですね。

ただ、ネット検索の弊害もあります。それは「情報量が膨大になること」です。たとえば、手始めにWikipediaを印刷すれば、数十ページにわたることもあります。そもそもの基礎知識がなければ、たとえ日本語の解説でも頭になかなか入りません。

そこで思いついたのが、「まずは自分の身近なところから攻めよう」ということでした。準備時間に余裕があるときは、なるべく多方面からリサーチをしようと決めたのです。

今回ご紹介する「タイのごはん」。この本を読んだきっかけも、タイ関連の通訳準備のためでした。私は元々食文化に興味があります。ですので通訳の事前勉強も、自分の好きなテーマから入った方が断然頭に入ります。

本書は農文協が子ども向けに発行している絵本シリーズの一冊です。現在は全20巻が刊行されています。小さい子どもでも読めるように読み仮名が振ってありますし、地図やイラストも豊富に描かれています。タイ米と日本のお米の違いを始め、宗教がもたらした食生活や気候風土のことなど、「食」を軸にしつつも多様な観点からタイという国を知ることができます。おいしそうなタイ料理レシピも紹介されています。

食事マナーや市場・流通のこと、外食の話などもたくさん出ていますので、これを読んでから旅行に出かければ一層楽しめるはずです。子どもだけの本にしておくのはあまりにももったいない!ぜひ大人の方々に読んでいただきたいシリーズです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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