INTERPRETATION

第351回 「支える」ということ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。とある音楽関連のイベントに出かけてきました。特別ゲストあり、トークありの楽しい企画でしたね。プログラムの最後には演奏もあり、大いに盛り上がりを見せた夕べでした。

その演奏グループの中の一人は私の小学校時代の同級生でした。もうずいぶん前の同級生ということになります。ずっと音信が途絶えていたのですが、プロミュージシャンとして活躍していることは、風の便りで聞いていました。そして今回、思いがけずその舞台を見ることができ、改めて小学校時代を思い出したのでした。

過日も放送通訳で出入りしているテレビ局においてちょっとした発見がありました。局内の人事異動告知が壁に掲示されていたのです。そこには昔のクラスメートの兄弟の名前がありました。珍しい名前でしたので、すぐにわかりましたね。今は某国の特派員として活躍しているようです。

私は小学校から中学校にかけて4回転校しています。「幼なじみ」と言える人はいません。オランダやイギリスで通った現地校の友人とも疎遠になりました。しかもロンドンの学校に至っては、10年前に近所の学校から吸収合併され、100年以上続いた校名もなくなっています。それだけに、私にとっては数少ない日本人の友達が今、世界のどこかで活躍している様子を見るのは、大きな励みなのです。

子どものころは「社会の一員としての自分」など想像すらしていませんでした。友達と笑ったりけんかをしたり、勉強で苦労したりということだけが自分の世界のすべてだったのです。けれども人間というのは、幼少期に自分が得意としていたことや好きなこと、さらに経験などが後の「自分の仕事」に到達するのだと私は思います。

「人の一生は長いようで案外短い」と最近私は感じます。ついこの間、大学を卒業して社会人になったように錯覚してしまうのです。けれども卒業時から今まで働いてきた年月よりも、定年への月日の方が今や短くなりました。もっともフリーランス通訳者に厳密な定年はありませんし、人生100年とさえ言われる時代です。どのように自分は生きるか、改めて考えさせられています。小学校時代の数少ない友が社会で活躍している姿を見ると、まだまだ自分も努力の余地があると感じます。

以前、ある講演会で登壇された方が、「世界のどこかを支える人になる」ことの大切さを唱えておられました。人にはそれぞれ与えられた役割があります。ゆえに誰もが社会の、そして世界のどこかをサポートしているのですよね。これは有名になるとかリーダーシップを発揮することとは違います。自分にしかできないことを誠意をもって取り組み、社会に貢献することだと私は思います。

2年前に亡くなられた福祉活動家の佐藤初女先生も、「奉仕はさりげなく、振り向きもしないで」と生前おっしゃっていました。社会を支えるということ。世界を支えるということは、そのようなことなのですよね。

平均寿命が延び、「人生100年時代構想」と言われるからこそ、私も自己研鑽を怠らず、心身の調子を整えて社会のお役に立てるよう、歩み続けたいと考えています。

(2018年4月23日)

【今週の一冊】

「中国語通訳トレーニング講座-逐次通訳から同時通訳まで」 神崎多實子、待場裕子著、東方書店、2016年

出講先の大学図書館が好きで、授業後には必ず立ち寄ります。真っ先に向かうのは新刊本コーナー。書店ほどの速さで入荷するわけではありませんが、それでも数か月前に発行された書籍が大学図書館のこの棚には並んでいます。ありがたいことです。

私の場合、本業が通訳ですので、「通訳」「翻訳」「語学」「英語」などの語が並ぶ書籍は要チェックです。もちろん、今の時代はこのトピックを網羅した書籍がたくさん発行されています。ゆえにすべてに目を通すことはできませんが、アンテナにかかったものだけは丁寧に読むよう心掛けています。

今回ご紹介する本も、そのような一冊です。中国語は全くわからないのですが、通訳訓練の方法や通訳者としての心構えを知るため、手にとりました。本書は自主学習する上でも取り掛かりやすい構成になっており、実践問題もたくさん紹介されています。めくるごとに「中国語がわかったら楽しそう」という思いを抱ける本です。

シャドーイングの効果や方法、サイトトランスレーションなど、中国語以外を専攻する人にも役立つ情報が満載です。また、巻末には質疑応答形式で通訳業に関する説明もあります。エージェントとの関わり方、休暇中に通訳者はどのように自己研鑽をするのかなど、読んで楽しい内容です。中国語がわからなくても通訳業そのものに興味がある方にぜひお勧めしたい一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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