第348回 応援者が一人でもいれば
新年度が始まりました。新しい環境や仲間の中に身を置きながらスタートなさった方もおられることでしょう。皆様にとって、幸多き新生活となりますようお祈りしています。
さて、今回は新年度と学びについてお話します。4月というのは新しいことを学習したくなる、そんなワクワク感が出てくる時期ですよね。学校や大学も4月から始まりますし、書店へ行けば4月開講の語学テキストが並んでいます。何かを始めるにはちょうど良いきっかけとなる、そんな季節です。好奇心と未知への探求心というのは、人間が生きる上で励みになると私は思います。
そのような中で大きな支えとなるのが仲間の存在です。同じ志で学ぶクラスメートというのは、あるときはライバルに、あるときは苦しい最中、共にゴールを目指す戦友にもなってくれます。良きクラスメートに恵まれるほど、学びも充実してきます。
一方、たとえ仲間がいなかったとしても、自分を応援してくれる人がいれば、前に進む力になります。家族や恩師、友人などが自分をサポートしてくれると、やはり歩み続ける勇気が湧いてきます。
「応援してくれる人」で思い出したことがあります。少し前に何かの本で読んだエピソードです。ちょうど「アダルトチルドレン」や「毒親」が問題視されていた時期、目に留まった文章でした。
そこに紹介されていたのは、Aさんという30代前半の女性でした。一人娘のAさんは幼少期から学校の成績が良く、何事も計画通りに進めてすべてを「きちんと」おこなうタイプの人でした。Aさんの母親はそんな娘が自慢でした。
けれども当の本人であるAさんは自己肯定感が低く、いつも自分いじめをしていたそうです。その理由はAさんの生い立ちにありました。Aさんの両親はAさんが幼いころから仲が悪かったのです。物心ついたころからAさんは四六時中、両親の罵り合う姿を目にし、気が休まらなかったと言います。母親は夫や舅姑の悪口を常にAさんにこぼしていました。Aさんは「母親はここまで傷ついている。こんなことをした父も祖父母も許せない。母を守れるのは私しかいない」と思うようになります。そこで「テストで良い点を取ること」「良い子になること」がAさんの至上命題となったそうです。「そうすれば親は喜んでくれて仲直りしてくれる」という思いがありました。
けれどもそんな努力を両親は理解しようとせず、一向に真正面からAさんに向き合うこともないまま、Aさんは大人になってしまったそうです。
その後Aさんは結婚して家庭を築いたものの、母親は気まぐれで連絡をしてきては、Aさんに愚痴をこぼし、Aさんはまたもや「自分が頑張らねば」と思い、傷ついていたそうです。
その本ではこうした母親を「毒親」と定義しています。娘たちはこうして傷ついたまま成人どころか中年になり、母親の死後でさえ「母を許せない」と苦しみ続けます。そして自己肯定感が抱けず、子育てにも仕事にも自信が持てず、大いに苦悩すると出ていました。
子どもというのは永遠に「母に褒めてもらいたい、母に応援してもらいたい」という気持ちを抱いています。けれどもそれが叶わないと大きな傷を負ったままになってしまい、それが負の連鎖として今度は自分の子どもへ愛情を注げないという形になるのだそうです。
私はこのエピソードを読んだとき、何をどうやっても母親の愛情を得られないのであれば、どこかで自分なりに踏ん切りをつけて次のステップを踏む必要があるのではと感じました。血のつながった母娘である以上、達観して諦めるというのは相当勇気のいることです。けれども”You’re barking up the wrong tree”(お門違いだ)という英語表現にもある通り、ないものねだりをしても叶わぬものは叶わないのでしょう。悲しいことではあります。
そうなのであれば何も血のつながり「だけ」にこだわるのでなく、身近なところで自分を応援してくれる人を探していく方が心の安寧も取り戻せると思います。自分のことをありのままに受け止めてくれてエールを送ってくれる。そのような人はきっとどこかにいるはずです。
応援者が一人でもいれば前に進める。
新たな年度の始まりにあたり、そのようなことを私は感じています。
【今週の一冊】
「日本のブックカバー」 書皮友好協会監修、グラフィック社、2016年
書店で本を買うと店員さんがかけてくださるブックカバー。わざわざそのためだけに紙を使うことを私は「もったいないなあ」と思っていました。バブルの頃の話です。
当時はあらゆることがぜいたくな時代でした。カバーもレジ袋もふんだんに提供されていたのです。書店でカバーをかけられそうになると、「あ、カバーは結構です」と私はその都度辞退していました。けれどもそう伝えるたびに「え?」という反応が返ってきましたね。それぐらい「エコ」とは縁遠い時代だったのです。
ちなみにイギリスではブックカバーなど誰もかけず、表紙が見える状態で読書をしています。しかし、日本では「自分が読んでいる本のタイトルを知られるのが恥ずかしい」という思いがあるのでしょう。いわゆる「恥の文化」です。
とは言え、私自身はブックカバーのデザインを眺めるのが大好きです。特に近年は書店数が激減しています。大手チェーン書店、個人経営や地元に根差した店舗がどのようなブックカバーを導入しているのか、今でも気になるのですね。そのような思いを抱いていたところ、運よく本書に出会いました。タイトルはそのものズバリ「日本のブックカバー」。監修している「書皮友好協会」の「書皮」とはブックカバーの意味です。
本書にはカラーで日本各地のブックカバーが網羅されています。大手書店のものもあれば、地方書店や閉店してしまったお店のものもあります。ブックカバーの中には、武者小路実篤のなごみ系絵画を採用しているところもありました。相田みつをを思い起こさせるタッチです。
ページをめくると「あ、子どもの時に見たことがある!」というカバーもありました。一方、同じ基本デザインではあるものの、時代の流れとともに微調整して今のデザインに至っているものもあります。ブックカバー自体の歴史を振り返ることができます。
デザインというのは、何もギャラリーやデザイン本に限る世界ではないのですよね。自分たちの身近なところにもたくさんの商品デザインが存在します。その「美」に気づかせてくれる一冊です。
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