第10回 やっぱり古典
最近は書店に足を運ぶと、たくさんのハウツー本やビジネス本、自己啓発本などが並んでいます。どれも手ごろな価格で文体も読みやすく、私も一時期大いに購入に励んだことがありました。
どの著書も読み手がやる気になり、励まされるような文章がいっぱいであり、読んだ直後など、「よし、やってみよう!」と本書中のヒントを取り入れようと意気込みたくなります。もちろん、著者が述べるすべての方法を私の実生活に取り入れるのは無理ですが、一冊の中に一つでも参考になるものがあれば、その本を買った価値はあるというのが私の考えです。
しかしこの1年間、「買いたいビジネス書リスト」が際限なく増えてしまい、とうとう購入が追い付かなくなってしまいました。買おう買おうと思っているうちに、少し日にちがずれてしまうと、もう店頭から姿を消してしまう。そんな書籍が大半となってしまっているのが最近の出版事情です。
さらに、最近のそうした本のタイトルはどれも「○○しなさい!」「絶対△△」「必ず☆☆」という、非常に拘束力を感じるようなものばかりです。自分のメンタリティーが元気な時は、こうした書物に大いにヤル気を得ることができます。けれども、私の場合、そうした書籍ばかりを追い続けてくたびれてしまったのも事実でした。
こうしたことから、2011年に入ってからはもっぱら「古典」と目される書籍を中心に購入しています。主に岩波文庫や講談社学術文庫などです。価格はほとんどが1000円以下。初版が1950年代というものも多く、時代の荒波に負けず、ふるいにかけられて生き残ってきた本ばかりです。
古典には古典ならではの魅力があります。もちろん、旧漢字で読みづらかったり、文体が古くて今一つしっくりこなかったりという「読みにくさ」はありますが、そうした文章をパズル解きのごとく読み進めるのも一つの楽しみととらえることもできます。
古典に共通して言えること。それは、「今、世の中で売られている書籍に書かれていることのすべては、すでに古典で述べられている」という点です。つまり、古典を読めばいにしえの著者のオリジナルの考えに触れられるということになります。
読みやすい現在の新刊本も、もちろん得ることがたくさんあります。けれども少し立ち止まってみて、大元の原本にあたることも大切なのではないか。そう私は感じています。
【今週の一冊】
「速記者たちの国会秘録」菊池正憲著、新潮新書、2010年
幼いころ国会のテレビ中継を見たとき、一番目立つところに何人かが座って黙々と筆記をしている姿が映し出されていた。発言するでもなく、立ち上がるでもない。国会速記者たちである。
終戦後、仕事がない中、国会速記者は人々のあこがれであった。政府運営の養成所で勉強することができ、終了すれば立派な国家公務員となる。しかも非常に知的な仕事だ。女性でも就ける。人気は非常に高かった。
しかし録音技術の進歩に伴い、2005年に養成所の新規生徒募集は中止された。現在は会議中の音声を自動的に文章に落とす音声認識システムの導入が検討されている。
時代の流れと言ってしまえばそれまでかもしれない。しかし本書に出てくる速記者たちは、時代の生き証人なのだ。著者でジャーナリストの菊池氏は、そうした速記者たちの声を拾い集めるのは今しかないと感じたことが、本書執筆の動機だったと記している。
速記者は「言語職人」であるというくだりは、通訳者と同じ。元速記者は「発言者が人である以上、それを記録するのも最終的には人であるべき」と述べており、これも通訳業に通じると私は思う。
しかし著者が「職人仕事へのノスタルジーだけでは、時代の趨勢に太刀打ちするのは難しい」と述べる通り、私たち通訳者もこれからの時代にどう生き残るかを考えるべきである。読後に大きな宿題をもらった、そんな一冊だった。
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