INTERPRETATION

第343回 予定、変える?どうする?

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。急な通訳案件が入り、予習のためにスケジュールを調整する必要が出ました。当初の予定であれば、その日一日は調べ物をするため大学の図書館で缶詰めになるはずだったのです。開館から夕方までひたすらリサーチをするつもりでずいぶん前から予定していました。

けれども通訳の準備はきちんとしなければなりません。そうなると、大切にとっておいた(?)「一日図書館デー」を返上する必要に迫られます。図書館でのリサーチは個人的に調べたいと思っていた内容でしたので、いわば「プライベート」の作業です。個人的趣味であれば後ろ倒しにすれば良いのです。簡単なことです。

「でも」と心の中ではひそかに躊躇する気持ちもありました。と言いますのも、大学は現在長期休み。静かな図書館で丸一日を調べ物にあてられるのは私にとって実に貴重なチャンスでもあります。だからこそ余計に予定変更には抵抗があったのですね。

とは言え、急遽入ってきたのは正真正銘の「仕事」です。つまりお給料をいただき、それに見合うもの以上のサービスを提供せねばなりません。プライベートは二の次ということになります。

ではどのようにスケジュールを調整すれば良いでしょうか?

心の中で「うーん、調整かあ・・・」などと後ろ向きな気持ちになってしまうと、本来取り組むべき予習に本腰が入りません。これでは依頼をしてくださった相手に失礼になってしまいます。ここは気持ちを切り替えて、スケジュールを抜本的に組み直すしかないのですよね。

まず「個人的な図書館での調べ物」を後ろ倒しするにあたり、直近で次に図書館へ行ける日はいつなのかを考えました。図書館開館日カレンダーを引っ張り出し、自分の手帳とにらめっこした結果、1週間後に行けることがわかりました。これでまずは第一関門突破です。

次は、空いた丸一日をどのようにして通訳準備に充てるか考えました。私がその時おこなったのは、やるべき準備作業をすべて細かく書き出したことでした。具体的には:

*事前書類の通読

*事前書類の翻訳

*来日クライアントのプロフィールをネットで探す

*上記プロフィールを和訳する

*クライアントの動画をYou Tubeで探す

*訪問先A社の会社案内を日本語で通読

*上記の英語ページを通読

*訪問先B社の会社案内を日本語で通読

*上記の英語ページを通読

*単語リスト作成

*その他

ざっとこのような具合です。項目別にざっくりと5つにわけることができます。これを朝8時から14時までの6時間で仕上げようと決めました。8時から08:50までは「事前書類の通読」「事前書類の翻訳」、9時から09:50まではクライアント関連の予習、10時から10:50は訪問先A社の予習という具合に1時間1項目にしたのです。60分ではなく50分にすることで適宜休憩を取り、体を動かしたり家事をして気分転換をしたりして

集中力を温存するようにしました。14時を終了時間にセットしたのは、この時間帯になるとかなり疲労がたまってくるだろうと予測したためです。

なお50分という長さの間も2分割または3分割に分けてタイマーをかけました。8時から25分間は「事前書類の通読」にあて、08:26から08:50までは翻訳作業という具合です。このタイマー時間を厳守することにより、常に全体像と残り時間を意識しながら作業を進めることにしました。

このような進め方の場合、細かいことを調べ始める余裕はありません。むしろ大事なのは鳥瞰図的に全容をとらえて、まずは最後まで一気に予習をすることが求められます。作業全般を終えて時間に余裕があれば細かい部分にも取り組めばよいと私は思っているのですね。さもないと本来終わるべきところまで到達できないからです。

今回はこのようにしてタイマーできっちり時間を計測して予習をしたおかげで、何とか事前に予習を仕上げることができました。あとは通訳本番までの隙間時間を使いながら、さらに細かい部分で気になる点を洗い出し、詰めの作業をすることになります。

一日の予習を終えてみて感じたこと。それは「図書館デーを後ろ倒しにすることには最初抵抗があった。でもやはり思い切って変更して良かった」ということでした。もし未練たっぷりで(?)自分の予定を優先してしまえば、通訳準備がさらに後手後手に回ってしまったからです。

フリーランスで仕事をしているとこのような状況に直面することがたびたびあります。だからこそ「お財布を無くしても諦められるけれど、手帳は絶対無くせない!」と私など思ってしまうのかもしれません。

(2018年2月26日)

【今週の一冊】

「ケイト・グリーナウェイ ヴィクトリア朝を描いた絵本作家」 川端有子著、河出書房新社、2012年

子どもたちが小さいころは毎晩読み聞かせをしながら寝かせていました。日本や海外の絵本に触れる貴重な機会となり、それを機に絵本の世界に魅了されています。物語としてだけ見るのではなく、文化や風習の違いも絵本から読み取れるのが面白いのですね。たとえば海外の絵本の場合、室内でも靴を履いている様子が描かれていますし、出てくる人物も色々な皮膚の色の子が登場しています。一方、日本では動物が出てくる絵本の場合、かわいい感じで描かれています。

さて、今回ご紹介するのはイギリスで19世紀後半に活躍した絵本作家ケイト・グリーナウェイを取り上げた一冊です。ケイト・グリーナウェイの名前は知らなくても、一度は作品を目にしたことがある、という方も多いのではないでしょうか。ほんわかしたタッチ、心温まる色遣いが特徴です。

絵本に出てくる絵を「芸術作品」として見てみると、実は奥が深いことを本書は教えてくれます。ヴィクトリア朝の時代風景や人々の暮らしぶりなどがケイト・グリーナウェイの絵からはわかります。

どの絵も魅力的なのですが、私のお気に入りは食事風景を描いた何枚かの絵です。ちょうどDlifeというチャンネルで「ブリティッシュ・ベイクオフ」という勝ち抜き戦お菓子コンテストを観ていることもあり、イギリスの焼き菓子ルーツを絵から感じることができるからです。ファッションが好きであれば洋服を、音楽好きなら楽器をという具合に、自分の興味に応じて絵というのは読み解けるのですよね。そのことを教えてくれた一冊でした。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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