INTERPRETATION

第332回 健康管理も仕事のうち

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

大学卒業後、初めて入った会社は毎年一回、社員向け健康診断がありました。日本では小学校から健診がおこなわれており、本当にありがたいと思います。と言いますのも、私が小学校時代を過ごしたイギリスでは健診がなかったからです。

最初の就職先に勤めたのは1年半ほど。その後は小さな事務所に転職したのですが、外国人一人に私一人という組織でしたので、転職を機に国民健保・年金へと移行しました。健康診断も自分で手続きをして受けるようになったのです。

以来、フリーランスで働く現在に至るまで、年1回の健診は欠かせない行事となっています。国民健康保険に加入していれば、地元で健診を受けられます。私が暮らす街では基礎健診とは別に人間ドックもあります。自己負担はありますが、自治体から補助が出るため、通常の費用よりも割安で受けることができます。

さて、通訳者にとって、とりわけフリーランスで働く場合は自分の健康管理も仕事のうちになります。業務当日に向けて体調を整え、ケガや病気にならないように気を配る必要があるのです。声を使う仕事ですので、前日のカラオケ、スポーツ観戦などは私の場合NGです。暴飲暴食を控え、万全の体調にしなければなりません。

私もデビュー当時はまだ体力があり、多少無理をしても踏ん張りがききました。仕事に不慣れな頃は準備をいくらしても足りない気がしてしまい、ついつい夜更かしをすることもありましたね。膨大な量の単語リストを前に「わあ、どうしよう!」と不安になり、寝る間を惜しんで勉強したこともあります。それでも翌日は何とかテンションを高くして臨めたわけですので、要は体力がモノを言う年齢だったのでしょう。

けれども誰にとっても年は積み重ねられていきます。若かりし頃のやり方が通用しなくなります。昔は何ともなかったのに疲れやすくなったり、肩こりや眼精疲労など、PC画面の影響で昔より疲労の蓄積が大きくなったりもします。忙しさにかまけてメンテナンスを怠ってしまうと、後でまとまって体調不良に見舞われます。私も痛い目にこれまで遭いましたので、今では定期的にマッサージに出かけています。

話を健診に戻しましょう。

健診では様々なチェックがなされますが、私の場合、何か一つでも「要経過観察」や「要精密検査」などの項目があった場合、早めに専門医に診て頂きます。心の中に不安を抱えたままでは精神衛生上、良くないからです。健診ではあくまでも平均値に照らし合わせて「要検査」といった結果が出てきます。ですので、専門医で診察をいざ受けてみると、実はさほど心配なしと言われることもあるのですね。けれども油断は禁物ですので、とにかく早め早めに病院へ行くことを私は心掛けています。人間は加齢とともにホルモンのバランスも変わってきますので、「これまでずっと元気だったし、今もピンピンしている」という人でも、やはりきちんと気に留めることは必要でしょう。

さて、通訳のセミナーをしていてよく受けるご質問の一つに「通訳者にとって一番必要な実力は何ですか?やはりリスニングですか?」といった問いがあります。もちろん英語の4技能は全て必要ですが、私の答えは「語学力・知識力・体力」です。その体力維持のためにも「睡眠・運動・栄養・心の元気」は欠かせないと私は考えています。

(2017年11月27日)

【今週の一冊】

「ドイツのごはん(絵本 世界の食事)」 銀城康子著、農文協、2008年

ある国について知識を深める際には様々な方法があります。インターネットで調べるも良し、知り合いに聞くも良し、書店で文献を読んだりすることも可能です。私はニュースでどこかの国が出てくると、俄然興味が湧いてくるため、その国の料理レシピを検索したり、レストランを探したりしています。

今回ご紹介するのはドイツ料理を取り上げた一冊で子ども向け絵本です。絵本の良い所はカラフルで字が大きく、ページ数が少ないこと。これならサッと読めますので気分的にも楽です。しかも解説が易しく頭に入りやすいのですね。未知の分野について調べる際には私の場合、必ず易しめの文献からあたるようにしています。

本書を読むきっかけとなったのは、ドイツの連立協議が失敗したというニュースでした。ドイツは今や世界情勢において重要なプレーヤーとなっています。そのドイツでメルケル首相の牽引力低下が見られ始めたとなると、一体世界はどうなっていくのか気になります。そのような思いを抱きながら放送通訳をしたのでした。ただ、ニュースで接しただけで終わらせるのはあまりにももったいないと思い、本書を手に取ったのです。

頁をめくるとドイツ料理の特徴や一般的な家庭の様子などが描かれています。ドイツでライ麦パンが発達したのは、かつて野菜が取れなかった時代の名残だそうです。また、台所をピカピカにしている理由も説明がありました。あまり汚したくないという思いから、平日の忙しいときはわざわざ調理をするのではなく、ハムやピクルスなど冷たいメニューで済ませるとも書かれていました。

ところで季節はもうすぐクリスマス。ドイツ名物のクリスマススイーツ「シュトーレン」は、おくるみに包まれたキリストをイメージしたものだそうです。こうした話題を子ども向け絵本から知るのは楽しいですよね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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