INTERPRETATION

第331回 好きなことを堂々と行う勇気

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日インターネットのニュースを見ていたところ、Wall Street Journalのアジア版(紙版)が廃止になり、デジタルに移行したとありました。新聞業界は今、購読者数の減少に見舞われており、廃刊になったりデジタルだけになったりと方針を変えざるを得ない状況です。

私は全体が俯瞰できる便利さから、家では今も紙版の新聞を購読しています。日本経済新聞です。一説によれば紙版の朝刊1部は新書1冊に相当する情報量だそうです。毎日一字一句を読まないまでも、新聞をめくるだけで色々な情報に接することができるのが紙新聞の良さだと思います。

もう一つ、紙新聞の長所は「思いがけない情報に遭遇できること」です。先日もそうした嬉しい出会いがありました。

普段私は自宅でテレビをあまり見ないのですが、イギリスが出てくるドキュメンタリーは別です。最近はBSの旅番組をよく見ています。その日もBSの番組表を日経でチェックしていました。

ふと見ると、DLifeというチャンネルが目にとまりました。このチャンネルはディズニー系の局で、数年前、私はこの局で放送されていたBloomberg Newsの同時通訳に携わったことがあります。私にとってはなじみのある局なのですが、Bloomberg契約が終了したことから、あまり見なくなっていました。

日経に出ていたDLifeの番組表には「ジェイミー・オリヴァー」とあります。イギリスのセレブリティ・シェフJamie Oliverのことです。私は吹き替えではなく原語で視聴したいのですが、この番組は英語でも見ることができました。

Jamieはイギリスの学校給食に革命を起こしたことや斬新な料理法などで知られる大人気のシェフです。話し方もざっくばらんでイギリスの口語表現もたくさん出てきます。肩肘張らないアプローチが特徴です。

今回私が見たのは60分のドキュメンタリーだったのですが、体に良い食材を求めてジェイミーが世界を旅するという内容でした。その日は日本の沖縄も出てきました。地元のご長寿のお宅にお邪魔して手料理をおいしそうに食べるシーンが印象的でした。

番組ではジェイミーが考案したレシピも紹介されました。取材先でヒントを得たジェイミーの料理は決して複雑でなく、自分でも作りたいと思えるような内容です。見ていて何よりも楽しいのは、豪快な作り方そのものです。日本のようにきっちり計量することなく、量も極めてアバウト。調理方法も大胆でした。

私は実はあまり料理が得意ではありません。くたびれて帰宅した日など「外食したいなあ」と思うほどです。けれどもジェイミーを見ていると、とにかく料理が大好きという情熱が伝わってきます。料理というのは堅苦しく考えなくても良いのだというアプローチが私にとっては新鮮でした。

ジェイミーは子どもの頃、学習障害に悩まされていたそうです。けれども自分の好きな料理の道に進み、今やその分野では第一人者です。周りの目を気にしたり、小さくまとまったりしていたら、おそらくその才能は開花されなかったでしょう。

好きなことを堂々と行う勇気。

そのような人生を歩みたいと思います。

(2017年11月20日)

【今週の一冊】

「イギリスの家庭料理」 砂古玉緒著、世界文化社、2015年

先月出かけたイギリスで、「必ず食べよう!」と思っていたものがあります。スコーン、サンドイッチ、フィッシュ&チップス、キャロットケーキ、カスタードソースがたっぷり載ったスポンジケーキです。いずれも子どもの頃に食べたり大学院時代に寮の食堂で味わったりしたものです。私にとってはノスタルジア料理です。今回泊まったのは大学院時代に過ごした寮(ゲストステイ扱い)でしたので、到着日の夕食には早速フィッシュ&チップスを食べられました。ちょうど金曜日だったのが良かったのでしょうね。その寮は毎週金曜日に必ず魚が提供されるのです。

イギリス料理はおいしくないとかつて言われていましたが、それも随分前のこと。グローバル化の恩恵もあったのでしょう。シェフたちが大いに工夫をしてイギリス料理も洗練されたものに今やなりました。先ほどご紹介したジェイミー・オリヴァーを始め、著名なシェフたちが大活躍しています。

オシャレなModern Britishにも私はもちろん惹かれます。けれどもむしろ1970年代80年代の、かつて「マズイ」と言われていた時代の料理の方が嬉しくなります。パサパサのケーキに金色のカスタードクリームをた~~~っぷりかけて甘くして頂くのもイギリスならでは。日本のティールームで提供される2倍サイズのスコーンも捨てがたいものです。下味がさほど付いていない魚や肉料理にグレイビーソースや塩コショウを振りかけるのも、私にとっては「懐かしいお作法」です。

今回ご紹介する一冊は、イギリスに長年滞在した著者の砂古さんが手がけるイギリスの家庭料理です。前菜からメイン、デザートや保存食に至るまで多様なレシピが並びます。今の時代、インターネット上のレシピサイトが人気ですが、やはりこうして書籍に美しくレイアウトされたものも良いですよね。実際に作るも良し、写真集として眺めるも良しという一冊です。

ところでイギリスの書店にもレシピ本がたくさん並びますが、日本と比べると大型本で豪華旅行写真集のような装丁です。こうした本はcoffee-table bookと言われます。これを見て作るという以上に、リビングのインテリアの一環として飾るのですね。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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