INTERPRETATION

第327回 やりたくないことから

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

数年前、とあるセミナーに参加しました。時間管理術に関するものです。私は昔から手帳や時間術に興味があります。一日に渡る講習は、私にとって大いに刺激的な内容でした。

中でも興味深かったのは、すべてのタスクを緊急度と重要度に分けるという点でした。具体的には「緊急」「緊急でない」「重要」「重要でない」とチャート化します。そうすると「緊急かつ重要」「緊急でないが重要」「緊急だが重要でない」「緊急でも重要でもない」と4分割されるのですね。物事をこの4つに当てはめ優先順位をつけ、「自分は今、何をすべきか考える」というのがこのセミナーの趣旨でした。

以来、私もこの理念を念頭に日々どのように過ごすべきかを考えながら暮らしています。本来であれば、「緊急でないが重要」という部分、すなわち勉強や読書など将来の自己投資こそ大事になるはずです。けれども私の場合、つい「取り掛かりやすく楽なものから」という思いが浮上してしまいます。すなわち「緊急だが重要ではないこと」を「今すぐやらなくちゃ!」と錯覚してしまい、それらをせっせとおこなってしまうのです。取り組みやすいがゆえに、そして「緊急度が高い」という部分があるがゆえに、完了後の達成感も一見高くなります。そして結局、本来やるべきことが二の次になってしまうのです。

ではどうすべきでしょうか?

試行錯誤を経た末、最近私は次のように考えています。

「緊急かつ重要かつ一番ニガテなことを最初におこなう」

自分にとって最も不得手なこと、一番やりたくないことを他の何よりも優先順位が高いと言い聞かせて取り組もうと考えるのです。

以前の私は「緊急かつ重要かつ得意なこと」を始めにおこなうことでリズムと勢いをつけ、その後に苦手なことをしていました。タタッとできることをやればどんどんはかどりますし、達成項目も増えます。そうすればじっくりと腰を落ち着けて難しいタスクにも取り組めると思っていたのです。

けれども私の場合、これではうまくいかないと思うようになりました。と言いますのも、どれだけ得意なことをさっさとしていても、頭のどこかで「ああ、これが終わったらあのニガテなことをやらなければ」という負の意識が常にあったのですね。そして次第に「この得意作業が終わったら、次はあの大変なタスクかぁ。うーん・・・」と気分もどんよりしてきます。

そしていよいよ苦手項目を残すだけとなった段階で、「あ、やっぱりあれもやらなきゃ!」と別のことを思い立ち、「緊急だが重要でない項目」をやってしまうのです。苦手なことに取り組まない自己正当化にほかなりません。

自分の習慣を変えるのは簡単ではないでしょう。何歳になっても、これは日々の訓練あるのみです。だからこそ「一番嫌なこと」にまずは取り組めば、「これが終わると、あの得意項目に取り掛かれる!」とむしろ思えるようになります。好きなことを次のご褒美にとっておき、何はともあれ不得手項目に着手すべきだと思っているのです。

まだまだ実践途中です。自己トレーニングは続きます。

(2017年10月16日)

【今週の一冊】

「廃墟遺産 ARCHIFLOP」アレッサンドロ・ビアモンティ著、高沢亜砂代訳、エクスナレッジ、2017年

どうも世の中には「廃墟」が好きな人と嫌いな人がいるようです。私の周りにも「え?廃墟?不気味だからノーサンキュー」「廃線跡や古いトンネルは勘弁」という人がいます。私は廃墟や古いものに興味があり、そうした写真集やインターネットのページなどをよく眺めます。実際に現地を訪れて見学するのが安全上難しい分、余計関心が高まるのかもしれません。

今回ご紹介するのは、世界中の廃墟を厳選して集めた一冊です。表紙を飾るのはガリバー。こちらは山梨県にあった「富士ガリバー王国」です。巨大なガリバーが横たわったまま今は閉園し、廃墟と化しています。このテーマパークはかつての上九一色村に造られ、オウム事件もあったことから来園者数が伸びず、2001年に閉園しました。

他にも幻の地下鉄駅(ベルギー)や、イギリスの東側沖合いにできた自称「国家」のシーランド公国、建築途中で中断したニュータウンなど、様々な場所が写真つきで紹介されています。不気味と言えば不気味なのですが、軍艦島のようにかつて人々の生活が営まれていた場所などが廃墟となった様子を見ると、複雑な思いに駆られます。生活道具を残したまま住み慣れた場所を離れるにあたり、当事者はどのような気持ちだったのだろうと思うからです。

そう考えると、今、戦争下にある人たちは、まさにそれを体験していることになります。鑑賞対象として「廃墟」に魅せられる一方で、家も財産も失い、命からがら逃げる人が今この瞬間、世界のどこかにはいます。そのことを忘れてはならないと感じます。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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