第317回 良き「伝染」の源になる
相変わらず外出先ではフリーペーパーをせっせと頂いては楽しく眺めています。先日入手したのは、シルバー世代向けの冊子でした。子育てママさん向けの冊子同様、自分とは今現在ご縁がない読者層を想定したものでも、何かしら参考になる情報はあるものです。今回もご年配の方々がどのような内容のものを読むのか興味を抱き、頂いてきました。
読んでみると結構楽しいものなのですね。旅の話題あり、健康に関するコラムありという具合に、世代を超えてエンジョイできる話題が満載でした。もっとも、フリーペーパーというのは広告収入で成り立っていますので、冊子の後半は健康関連のPRが多かったですね。ケアホームや健康グッズなど、今は本当に種類豊富です。いずれお世話になったときの参考にと思い、そちらもしっかり目を通したのでした。
さて、今回その冊子に出ていたコラムの一つに、自律神経に関する話題がありました。それによると、ネガティブな感情を抱いてしまうと自律神経が乱れてしまうのだそうです。しかも、その乱れは周囲に伝染してしまうとのこと。その一例として、集団スポーツの話がありました。チームメンバーの一人が不調になってしまうと、その動揺が他の選手たちに伝染してしまうのだそうです。こうした「周囲への伝染」は日常生活でも起こり得るとのことでした。
通訳者の仕事でも同様のことが言えます。私は自分の授業で指導の際、「今、おこなっている通訳がどのような状況下なのかを考えるように」と伝えています。開会式のような晴れやかな状況であれば、通訳者もそれに合った声色や口調で訳出する必要があります。一方、ニュース通訳や法廷通訳など、深刻な場面であればそれに応じたアウトプットが求められるのですね。どれほど正確に訳出できても、場に応じた通訳であることが肝心なのです。言い換えれば、話者の気持ちを通訳者自身が「伝染させていただく」という思いを抱きながら通訳することが大事だと私は思います。その「伝染」をうまく自分のアウトプットに乗せることが大切です。
一方、同じ「伝染」でも気を付けなければいけないことがあります。たとえば準備段階においてです。複数名の通訳者で業務に携わる大規模な国際会議の場合、登壇する話者の数も多く、資料も大量に出され、通訳者の間で分担を決める必要があります。何分交代にするか、資料はどう割り振るかという具合に、直前までやるべきことが沢山あるのですね。
このようなとき、たとえギリギリになって夥しい量の資料が通訳者控室に持ち込まれたとしても、通訳者は淡々と分担を決めてひたすら読み込み作業をしなければなりません。本番に向けて緊張状態は高まっていますので、関係者がいない控室はかなり「テンパっている状態」であるのも事実です。ボヤきたくもなります。通訳者とて人間ですので、「えぇ?なぜ今になって?」という思いを抱くのも当然です。
けれども、ネガティブな感情や言葉というのは、どうしても伝染しがちになるのですね。幸い私が今までご一緒してきた先輩通訳者の方々は、そのような環境下でも常に冷静沈着な姿を見せて下さいました。まるで緊急事態に陥ったコックピットのパイロットのごとく、ただただ冷静に対処なさっていたのです。そうした先輩方の姿を見られたことは、私の仕事人生において財産になっています。
だからこそ、日常生活でも落ち着きさが必要だと自戒の念を込めて私は今、これを書いています。家族を相手にすると、つい甘えが出てしまうものですが、最愛の家族や身近な友人だからこそ、本来は気を配り、大切にしていくことが求められるのですよね。負の感情を伝染させてはいけないと反省します。
良き「伝染」の源になれる、そんな人間をめざしたいと思います。
【今週の一冊】
「シンプルの正体 ディック・ブルーナのデザイン」 ブルーシープ編集、ブルーシープ、2011年
オランダに私が暮らしていたのは小学校2年生から4年生まででした。インターナショナル・スクールに編入したのは9月のこと。日本よりも北にあるオランダは日が短く、真っ平らな国土には北からの冷たい風が吹きつけ、厳しい冬を転入早々体験しました。そのような日々において、学校の図書館の本は私に温かい風を送り込んでくれたのです。
まだ英語が読めなかった私が借りたのは絵本たち。学校には幼稚園もありましたので、図書館の絵本は充実していました。そのとき初めて出会ったのが、ディック・ブルーナさんの作品でした。
ミフィーちゃんシリーズの絵本は正方形の形をしています。子どもの手にも収まるものであり、少ない文字数は私にとって安心するものでした。色も鮮やかで心が和み、次々と借りてはブルーナ・ワールドを楽しみました。今でも懐かしく思い出します。その頃は他にも「スカーリーおじさん」シリーズにはまっていましたね。
本書にはミフィーちゃんはもちろんのこと、ブルーナさんの初期の作品もたくさん紹介されています。見開きの右側が作品、左側にはタイトルと出版年などが記されています。巻末の年表を見てみると、ブルーナさんの若かりし頃は必ずしも順風満帆ではなかったことがわかります。けれども良き伴侶を得て、自ら人生を切り開いてきたからこそ、世界中の人々が愛してやまないミフィーちゃんを生み出したのでしょう。
私にとっては「ミフィーちゃん」より一世代前の「うさこちゃん」という名の方がしっくりきます。そんなファンの皆さんはもちろんのこと、デザインそのものに興味のある方にもぜひ読んでいただきたい一冊です。
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