INTERPRETATION

第5回 真のサービスとは

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2011年もすでに10日が過ぎました。年末年始の休みもあけて、少しずつ日常生活が戻りつつあります。今年はどんな年になるのだろう、どういう一年にしていこうか等々、私自身、年末から年明けにかけて色々と考え、わくわくしながら迎えた新年でした。今年は例年よりも少しだけ具体的な長期目標を作りましたので、それに向けて歩みたいなと思っています。

さて、昨年末、我が家の子どもたちは恒例の子どもスキーキャンプへ出かけました。夏と冬の長期休暇中に兄と妹だけで親元を離れ、お友達とキャンプに参加するというのが我が家ではお約束になっています。子どもたちが不在の間、親はたまっている仕事をしたり、年末の場合は大掃除をしたりなど、軌道修正の時間にあてています。

そのような作業の合間に、夫婦だけで外食に出かけました。地元では評判の洋風レストランです。ネットでの評判もよく、少々値段は張るものの、どちらかと言うと大人オンリーの雰囲気でしたので、この機会に行ってみたのです。

店内のインテリアは実におしゃれで、とても落ち着いた雰囲気であるところは評判どおりでした。ところがそのあと、偶然とはいえ、ちょっとした点に気付くこととなったのです。

まず一つ目は、「スタッフに笑顔がない」ということでした。注文時だけでなく、配ぜん係の人も同様だったのです。とてもおしゃれなコーディネートのお料理を持ってきてくださるのに、なぜなのだろうと不思議に思いました。こちらからなるべく笑顔を向けたり、ちょっとした小話を切り出したりしたことで、何とかスタッフの表情に笑みが浮かび、ようやくほっとした次第です。

2点目は、私の隣の作業台にあるワイングラスをスタッフの方が割ってしまったことでした。

陶器やガラスを扱う飲食店である以上、こうした思いがけないハプニングは確かにあります。けれども大切なのはそのあとのフォローだと私は思うのです。ある別のレストランではお皿を誤って割ってしまった際には「失礼いたしました」となるべく店内に聞こえるようにスタッフは述べています。しかし今回のお店では、一瞬静寂になった店内の利用者に対する呼びかけは特になく、私の足元に飛び散ったガラスを回収するスタッフも「(私が床に置いた)かばんは大丈夫でしたか?」と述べるだけにとどまりました。もしかしたらご本人は内心動転していたのかもしれません。けれども「物」ではなく、「お怪我はございませんでしたか?」とまずは「人」への気配りがあれば、こちらも安心したと思います。

3つ目は、メインコースが出てくるまで40分以上かかったことでした。その間、遅れてしまっている説明は特になく、しびれを切らした夫が尋ねてようやく「作り間違えてしまったので」という返事がありました。幸いこちらは時間がありましたので、のんびり話しながら待ったのですが、店内に入ってから食べ終えるまで、実に4時間かかった今回の外食となりました。

以上の3つを総合してみて思うのは、「真のサービスはいかにあるべきか」という基本に関してです。笑顔、不測の事態の時のフォローなど、いずれも一言で表すならば「相手への気配り」ということになります。私自身、通訳業を営む上で、一にも二にも「相手が何を欲しているか」を考える必要があると痛感した今回の出来事でした。

(2011年1月11日)

【今週の一冊】

「MBAのための組織行動マネジメント」小樽商科大学ビジネススクール編、同文舘出版、2009年

小樽商科大学は国立大学で唯一の商学系単科大学。その専門職大学院が編集したのが本書である。本シリーズではほかに「ケース分析」「ビジネスプランニング」などといったMBA関連の著書が出版されている。

MBAの学位取得となると、なんとなく難しそうなイメージが湧くかもしれない。しかし、本書は200ページ弱の比較的読みやすいレイアウトで書かれた一冊で、手軽に読み進めることができる。各章の終わりには「まとめ」としてポイントが列挙されているので、時間がない時はこの部分を読むだけでもエッセンスはくみ取れそうだ。

組織イコール民間のビジネス界の話にも思える。だが本書によれば、組織行動学というのは行政機関やNPOなどにも当てはまるのだそうだ。実際、通読してみて思ったのは、リーダーシップや動機づけ、コミュニケーションや組織変革などは、日常生活、たとえば私たちの家族や交友関係の場面においても大いに応用できるということであった。

最近は自己啓発書や心理関係の本が書店でも目立つところに置かれている。そうした本ももちろん役立つが、それ以上に経営学や組織論などに関する書籍をひも解いてみると、案外私たちの日ごろの生活場面で使える考えが説明されている。堅苦しく考えず、どんどんこうした本を読んでみると、大きな発見がありそうだ。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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