INTERPRETATION

第291回 潔さ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

CNNではスポーツニュースも放送しています。BBCで放送通訳者としてデビューしたころはスポーツニュースに大いに手こずりましたね。と言いますのも、スポーツの場合、競技ルールやチーム・選手名、開催場所など、覚えておくべきことがたくさんあるからです。もともと私はスポーツが得手ではないこともあり、勉強課題のあまりの量に呆然としたものでした。特にBBCはイギリスの国営放送ですので、クリケットの話題も多く、LBW(leg before wicket)が聞こえてくればBLT(ベーコン・レタス・トマトサンドイッチ)が頭に浮かび、サッカーでpenaltyと来ればなぜか駐車違反の光景が脳内に浮上するというお粗末さでした。「私の日本語通訳を誰も聞いていませんように」と情けなくお願い(?)しながら通訳したものです。

それでも「経験」とは素晴らしいもので、何度も何度も携わるうちに、少しずつ全容が見えてくるようになりました。もちろん私自身、まだまだ競技によっては得手不得手があります。それでもサッカーニュースの通訳がきっかけとなり、今では地元チームを応援するようになっています。完璧にルールをマスターしたわけではありませんが、スタジアムまで応援に行くようになると、どんどん親近感が湧くものなのですよね。大事なのは自分から積極的に「好きになること」なのでしょう。

ところで先日のCNN World SportsではF1のロズベルグ選手インタビューが出てきました。Nico Rosberg選手はドイツ出身。イギリスのルイス・ハミルトン選手と同チームに所属しつつも、幼いころから良きライバルであり、近年はどちらが世界チャンピオンになるかで熾烈な戦いを繰り広げていました。そして昨年、ロズベルグ選手は悲願の初王者になった直後、引退を表明したのです。まだ31歳の若さなのに、です。

なぜあっさりと引退を決意したのか、その大きな理由として「家族との時間を持つこと」をロズベルグは挙げていました。「念願のチャンピオンになったので満足している。努力の結果が報われたから悔いはない」という趣旨の発言をしていたのです。

私はこうした潔さにとても惹かれます。世の中には様々な世界でストイックに頑張って現役を続ける人がいます。けれどもその一方で、惜しまれつつもあっさりと表舞台から去る方もいるのですよね。しかも本人はさばさばとしたもので、むしろ周囲が慰留するほどです。

日本でもずいぶん前に歌手の山口百恵さんが潔く引退しました。私にとってはもう一人、同じく「潔さ」を表す方がいます。神奈川県の高校野球で活躍した志村亮投手です。強豪・桐蔭学園で活躍し、その後は慶應義塾大学に進み、すばらしい成績を収めました。ドラフトでも大いに注目されましたが、ご本人は大学時代を最後にあっさりと現役を引退し、今は企業にお勤めです。それでもやはり周囲が放っておかなかったらしく、現在は地元の少年野球チームで監督を務めておられるそうです。

フリーランス通訳者の場合、特に定年はありません。自分の気力と体力が許せば、いつまでも活動できる世界です。では私自身はどこまでをめざすのか?通訳者としての自分と、後進の指導をどうバランスづけていくか?

「潔さ」というキーワードから最近はそのようなことを考えています。

(2017年1月16日)

【今週の一冊】

「メイトリックス博士の驚異の数秘術」 マーティン・ガードナー著、一松信訳、紀伊国屋書店(復刊版)、2011年

最近私は「芋づる式読書」にはまっています。これは読んでいる本から何か面白そうなトピックを見つけると、それに関する次の本を見つけて入手するというやり方です。ここ数か月は大学の図書館のヘビーユーザーになっていることもあり、キーワードに遭遇するとすぐに検索してその本の並ぶ棚へ直行します。その周辺にある他の本にもざっと目を通すと、意外な本に出会えるのです。書店でも本棚を眺めているだけで思いがけず遭遇することができますよね。

今回ご紹介するのは、そのようなきっかけからどんどん広がっていった結果、行き着いた一冊です。出発点がどの本だったのかもはや覚えていないのですが、確か精神科医の学術書だったと記憶しています。ユーモアやジョークの大切さがその書には書かれており、そこで紹介されていたのが1983年発行の織田正吉著「ジョークとトリック」(講談社現代新書)でした。そしてその中に引用されていたのが今回取り上げたマーティン・ガードナーの復刊本です。

「数秘術」なる言葉を今まで私自身知りませんでした。要は数のマジックで、色々な出来事と数字の奇遇性を本書では紹介しています。中でも興味深かったのが、リンカーンとケネディの暗殺における類似点です。二人とも暗殺という形で非業の死を遂げています。ガードナーはその共通点を数字からとらえ、16点ほど挙げているのです。たとえば、

*リンカーンの大統領選出は1860年。ケネディの選出はその100年後の1960年。

*二人とも金曜日に、夫人の目の前で暗殺された。

*両夫人ともホワイトハウス在住中に息子を一人亡くしている。

*暗殺後の後任はそれぞれAndrew JohnsonおよびLyndon Johnsonで、いずれもジョンソン姓。前者は1808年生まれ、後者はその100年後の1908年生まれ。

*LincolnもKennedyも7文字。

*リンカーンの暗殺犯John Wilkes Boothは1839年生まれ。ケネディ暗殺者はLee Harvey Oswaldはその100年後の1939年生まれ。両者とも名前が15文字。

などなど、このように続くのです。奇遇と言えばそれまでですが、あまりにも不思議な一致ですよね。

ちなみに先日、米軍放送AFNを聞いていた際、ポップス界のどなたかに関する話題が出ていました。そこでもアルバムの発売日や売り上げなどに関して数字学的な一致について述べられていましたね。非常に興味深く思います。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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