INTERPRETATION

第289回 手帳を見返してみる

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2016年も残りわずかとなりましたね。みなさんにとってこの12か月間はどんな日々だったでしょうか?本コラムをお読みくださる方の中には通訳者デビューを目指していらっしゃる方もおられることでしょう。日々の勉強や努力は決して裏切りません。どうか来年も夢に向かい歩み続けていかれることをお祈りしています。引き続き私の拙文が少しでもお役に立てれば幸いです。

私にとってこの1年間は本当にあっという間でした。大学入学時に先輩から「1年生、2年生なんてあっという間。すぐ就職することになるよ」と言われたことがあります。その時は半信半疑でした。ところが先輩の言葉通り、年を重ねれば重ねるほど毎日が瞬く間に過ぎていくのです。大学時代から今に至るまで、それこそ目をちょっとつむっている間に来てしまったという感じさえします。

私は毎年暮れになると、海外に住む友人たちへクリスマスカードを送っています。その際、我が家の近況報告をA4一枚にまとめているのですが、「あれ?今年はどんなことがあったっけ?」と年々ネタに迷うようになっているのです。今年も同様でした。夏休み以降のことは記憶に新しいのですが、春先のことなどは完全に忘却の彼方となっています。人間というのは新しい情報をどんどん仕入れていきます。その代わりに自分にとって不要なものや古いものは忘却できるような頭の構造になっているそうです。肝心なことを忘れてしまうのも困ってしまいますが、辛いことなどはそのようにして浄化できるような仕組みにヒトは生まれもって成り立っているのでしょう。

ちなみにみなさん同様、私にも大変だなと思えることはこの1年間でいくつかありました。仕事のことや体力について、あるいは人間関係や家族のことなど、「悩みの種」は生きている限りつきものであり、私も例外ではありませんでした。けれども人間、落ち着くべきところに落ち着くものなのですよね。渦中にいるときは先が見えず、焦ったり悩んだりするものです。けれども過ぎ去ってみれば、その辛さ自体が薄れていったり、もはや気に病むほどのものでもないと思えるようになったりもするのです。

私はずいぶん前から手帳を愛用しています。手帳には日々の予定だけでなく、覚書やメモ、日記など、あらゆることを書き込んでいます。本格的に長文を書く際には別のB5ノートに記しますが、移動中であればもっぱらこの手帳が私の備忘録となります。幸い手帳の後ろのほうには白紙ページがありますし、日程を書き込んだ以外の余白もちょっとしたメモスペースとして活用しています。今年初めから書き込んだことを今、改めて読み直してみると、すっかり忘れていた悩みや人には言えない愚痴(?)やらが目に飛び込んできます。こうして読み返してみると、「あ~そうだった。あの時はこんなことでウジウジしていたんだ!」という思いになります。当時は大真面目でノートに思いを書きつけていましたが、時期を経て読み直してみると、それが今では悩みではなくなっているのですね。もちろん、「すべての課題が解決できて晴れて年末!」というわけではありません。積み残したものもたくさんあります。それでも、悩みや迷いの多くは永遠に同じテンションで存続するものでもないのだということを私は実感しています。

さあ、2017年まであとわずか。来年の手帳にはどのようなことが書き込まれていくのでしょう?新しい年も健康に留意し、少しでも社会のお役に立てるような仕事をしていきたいと願っています。今年もご愛読いただきありがとうございました。また1月にお目にかかりましょう。Wishing you all a very Happy Holiday season!

(2016年12月26日)

【今週の一冊】

「写真で読み解く雷の科学」 横山茂・石井勝著、オーム社、2011年

勤務先の大学図書館で環境問題の書籍を探していたときのこと。ふと近くの書棚まで足を延ばすと地震や竜巻などの本が並んでいました。図書館の素晴らしいところは、関連する本が系統的に配架されていることです。書店の場合、どうしても販売面積上、新刊本だけだったり、出版社別にしたりという制約がありますが、図書館は日本十進分類法で並べてあるのですね。よって、実際に本を眺めながら関連本を芋づる式に探し出すこともできます。書棚を眺めるだけで、自分の知識が広がっていることが実感できるのです。

今回ご紹介する一冊はそのような最中に出会ったものです。日頃「ことば」オンリーの通訳界で仕事をしているためか、絵画や写真など視覚に訴えるものに私は惹かれます。雷というのは身近なものでありながら、実はよくわかっていなかったことに私は気づきました。そこで読んでみることにしたのです。

雷というのは実にいろいろな種類があることが本書からはわかります。用語だけ拾い上げても「雷光」「負極性落雷」「稲光」などなどです。「界雷」は寒冷前線に伴う雲による雷、「針立雷」は「はりたていかずち」と読み、古典文学の作品名です。意味は「雷」です。

一瞬にして消えてしまう雷を写真におさめるのはさぞ大変だと思いますが、本書は雷写真コンテストの傑作選としてカラーで紹介しています。空の上空から下へ向かうのが雷と思いきや、横にまっすぐ伸びる光をレンズがとらえたものもあります。太い線もあれば細いものあり、色も白や赤など様々です。

個人的に興味深く思ったのは、航空機への落雷です。今では機体技術が進化し、落雷でも運航に影響が出ないような作りになっています。とは言え、本書には成田空港付近で雷が航空機へ落ちた瞬間をとらえた一枚もあります。しかも説明文いわく、航空機への落雷は珍しくないのだとか。乗客は揺れや光など、何か具体的に体験するのでしょうか?想像するとちょっと鳥肌が立ちそうです。

間もなく新年。初日の出だけでなく、雷などの自然現象にも関心を持ちながら2016年最後の本コラムを締めくくりたく思います。どうぞみなさま良いお年をお迎えください。また1月10日にお目にかかりましょう!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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