INTERPRETATION

第258回 文末のこと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日ラジオを聴いていると、観光案内のコーナーが流れていました。その街の魅力を現地に住む方が紹介するという内容で、これからの行楽シーズンにはぴったりの話でした。

私は仕事柄、人の話し方や言葉の使い方についつい注目してしまいます。講演会に出かければ、セミナー講師の「間」の取り方や話術、笑いを挟むポイントなどに意識が向かいます。世の中にはお話の素晴らしい方が多く、実に参考になることが多いのですよね。「なるほど、ここでその話題を振ると、聞いている方も気づくことがあるなあ」など、話のコンテンツだけでなく話術にも感心しています。

今回のラジオインタビューも、そうした意味ではとても有意義なものでした。ラジオの場合、画像がありませんので、聞いている人が頭の中で想像できるように話すことが求められます。より具体的であればあるほど、リスナーにとっても理解が促されるのです。

ただ、一つ気になる点がありました。それは文末の締めくくり方です。

「今日は~~についてご紹介します」と言えば通じることが、「今日は~~について紹介できればいいかな、と思います」となっていたのです。「ん?何かやけに長いなあ」とその時は思ったのですが、それから続く文章でも「最近は~~というものがはやっているのではないかと思うのですが」「たとえば、~~というものが観光客にとっては喜ばれるように思わなくもないのですが」「ぜひ多くの方々に来ていただければ良いかな、と考えています」という感じでした。

文法的に見れば間違いではありません。ただ、文末をオブラートに包むような話し方に、私はふと思考が止まってしまったのです。

そういえば以前子ども向けテレビ番組を観ていたときも「では今日は~~という遊びをしてみたいと思います」という話し方が聞こえてきましたし、子どもたちが小さいときに出かけたイベントでも、お姉さん・お兄さんが同様のセリフを口にしていました。

考えてみると、最近はこうした文末で締めくくる表現が増えているように思います。私が小学校・中学校時代は先生方の口調も命令形で断定的でした。「~~しなさい」はまだ良い方で、「~~するな!」という言葉もよく耳にしましたね。一方、最近の教育現場では先生方の話し方も丁寧になっており、「~~した方が良いんじゃないかなと思います」というような話し方も見られます。

なぜこのような文末になったのでしょうか?おそらくこれは日本語特有の性質もあるでしょうし、日本人の考え方として摩擦を避けたいという思いも存在すると私は考えます。「~~です」と言うときつく聞こえてしまうため、「~~だと良いかなと思います」の方が無難なのでしょう。

ただ、これも程度問題だと思うのですよね。あまりにも会話の中で何度も出てきますと、くどく聞こえてしまいます。私はイギリスにいた子ども時代、話が回りくどくなるとクラスメートから”Oh Sanae, get straight to the point!”とよく注意されました。要はグダグダ言わずに単刀直入に話してほしいというわけです。

パシパシ断定調の話し方をすれば日本語の場合、角が立ってしまいますが、かといって常時オブラート文末では聞いている方も疲れてしまいます。

私自身、これまで実は「文末濁しオブラート状態文章」を非常によく使っていました。ですので今回客観的にこの問題をとらえ、大いに反省しています。

(2016年5月2日)

【今週の一冊】

「福井県の学力・体力がトップクラスの秘密」 志水宏吉・前馬優策編著、中公新書ラクレ、2014年

今年3月のこと。福井県で高校生向けに「通訳」につい講演しました。これまで金沢までは足を運んだことがありますが、福井県は初めてです。どんなところだろうとワクワクしながら新幹線を経て電車に乗っていると、あっという間に福井駅に到着しました。

これまで私が抱いていた福井県のイメージは恐竜、永平寺、オバマ大統領で一躍有名になった小浜市、東尋坊といったところでしょうか。あまりよく知らなかったため、出張決定後は東京・永田町の福井県東京事務所へ向かい、慌てて現地の観光パンフレットを取り寄せて予習をしました。ちなみに私は各都道府県の東京事務所でパンフレットを一式頂くのが趣味です。事務所に入ると、東京に派遣されてきた職員の方々がお国ことばで話しながらお仕事をしているのですよね。そうした雰囲気に触れるのも好きなのです。

さて、今回本書を購入したきっかけは、そのセミナーでの高校生の反応が非常に素晴らしかったことでした。通訳の仕事に関心を抱いてわざわざ貴重な週末をセミナーのために来てくれた生徒たちですので、もともとの意識が高いというのはもちろんあるでしょう。けれども、講演の中で実際に通訳演習をしたり、音読やペアワークをした際、生徒たちの意識がとても高いと私には感じられたのです。

その理由を探るべく本書を読んでみると、色々と見えてくることがありました。家庭がしっかりしていることはもちろん、先生方の多大な努力が総合的な学力をつけていることもわかりました。大都市圏と異なり塾が少ないため、限られた環境の中でどう工夫して勉強をしていくかということも、福井県では大きなポイントだと感じます。

豊かになり余裕が出てきた今の時代、ついつい大人は子どもに対してあれこれ手を貸してしまいます。助言をして道筋を示すのももちろん大切です。けれどもお膳立てのしすぎも、本人の工夫を阻害するように私は考えます。

私はセミナーで「紙の新聞を読んでいる人は?」といつも参加者に尋ねるのですが、挙手率は今回の福井県高校生がダントツでした。だからなのでしょう、時事ネタを振っても返答率・正解率がとても高かったのです。これも福井県の学力向上に大いに貢献していると思います。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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