INTERPRETATION

第257回 チェックマークから思い出すこと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

随分前に時間管理についての本を読み、以来実践していることの一つに「やることリストを作る」というものがあります。やるべきことを書きだし、その左端にそれぞれ四角いマスを書き、終了したらチェックマークを入れるというものです。優先順位を付けたりカテゴリー別に分けたりと方法もいろいろあるようですが、私の場合、とにかく思い付いたことはランダムにチェックボックス付きで書き出し、取り組むようにしています。以前はポストイットに一つ一つ書いて並べ替えるということもしていたのですが、今は手帳に書き出したリストを一日の始めにざっと眺め、一番大事なことから着手するようにしています。・・・とは言え、最優先項目をprocrastinate、つまり後回しにしてしまう「気の弱さ」と抱き合わせではあるのですが・・・!

さて、チェックと言えば、先日読んだ記事に面白い記述がありました。イギリスの投票についてなのですが、put a cross in that boxとあったのですね。

選挙関連の内容で、ぜひとも投票に行きましょうという文脈での表現でした。that boxとは、投票用紙に書かれている四角いチェックボックスのことをその著者は述べていました。ちなみにイギリスの投票用紙では、候補者名の隣にチェック用の四角いマスが記載されています。

興味深いのは、日本であれば自分が支持する候補者名の上に「○」を記しますよね。一方、イギリスの場合、「×」を付けて「私はこの人に投票します」という意思表示をするのです。日本では「○=正解、×=誤答」ですが、イギリスでは「✔=正解、×=誤答」です。確かオランダも同様で、小学校2年生の時にオランダの学校へ転入した際、自分では得意だった算数の点数が「✔」マークだらけで、ものすごいショックを受けたことを今でも思い出します。「あんなに得意だった算数で零点とは・・・!」と思いきや、よくよく見たら正解だった、という笑い話です。

ところで選挙と言えば、ロンドンで働いていた1999年のこと。なぜか私宛にヨーロッパ議会選挙の投票通知が送られてきました。「うーん、日本人で在留届を出しているだけでイギリス国籍は持っていないのに。とは言え、労働許可証と永住権は付与されているから投票しなさいってことなのかしら」と思いつつ、指定された投票所へ向かいました。イギリスの選挙は投票日を木曜日と定めているのですが、この選挙も1999年6月10日木曜日でしたね。

当時私は公休が木曜日でしたので、早速投票所へ行き、通知を係員に提示しました。ただ何となく不安でもありましたので自分の立場を説明したところ、

「あら、そういうことなのね。じゃあ、あなたには投票権はないですよ。この通知は間違って送られてしまったということになるわ。ゴメンナサイ~~!」

という感じであっさりと投票権はく奪(?)となったのでした。

無責任に投票せずに済んだと安堵した反面、こういう凡ミスはイギリスでは珍しくありませんので、またまた「オモシロ体験談」のストックが増えたと思った次第です。

ちなみに「オモシロ体験談」は他にもいくつかあります。留学中には大手英国系銀行の私の口座から間違って多額の現金が引き落とされましたし(銀行員のミス)、BBC時代にはクリーニングを引き取りに行ったところ、自分のとは異なる商品を返品されたこともありました。「・・・これ、私の赤ジャケットじゃないのですが・・・」とスタッフに言ったところ、「あ、あれね。あなたのジャケット、かなりボロで破れちゃったんですよ。代わりにこちらを入れておきましたから」という始末。

こういうことがイギリス時代には多くて、”How to write complaint letters”という類の本には本当にお世話になりました。

(2016年4月25日)

【今週の一冊】

「強くしなやかなこころを育てる!こども孫子の兵法」 齋藤孝著、日本図書センター、2016年

「古典を読まなければ」と思いつつ、まだまだ読破できた数は多くありません。けれども読書は一生続けられるものですので、焦らずに良質の古典を読み進めたいと思いながら今に至っています。

「孫子の兵法」はすでに多くの出版社から出ており、原文と解説を合わせた本や、抜粋タイプの書籍などいろいろあります。本来であれば原文と日本語訳をじっくり味わうのが良いのでしょうけれども、あえて私は子ども向けの本を今回購入しました。オビには齋藤先生の言葉で「『孫子の兵法』をおとなだけのものにするのはとってももったいないと思います!」と出ています。

早速開いてみたところ、活字も大きく、親しみやすいイラスト入りで原文と解説が書かれていました。面倒なことは早めに解決する大切さを始め、「戦わないで勝つほうが本当にすごいこと」というフレーズなど、孫子の兵法のエッセンスがわかりやすく掲載されています。

中でも印象的だったのは「意味のある『逃げる』だってあるんだよ。かなわないなら、さっさと逃げてしまおう」という齋藤先生の解説文です。原文は「少なければ則ち能くこれを逃れ、若かざれば則ち能くこれを避く」です。困難な状況に立ち向かうことで成長できるのが人間ですが、その一方で、もうこれ以上がんばれないというならば、逃げてリセットしても良いのだというのが孫子のメッセージです。

特に日本社会の場合、同調圧力が強く、周りの目が気になってしまうと、自分の心が壊れてしまうぐらい自らを追い込んでしまうことになりかねません。人は一度しか生きられない以上、勇気ある撤退もありだと私は考えます。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END