INTERPRETATION

第256回 好きなら迷わず、ニガテなら他で

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

このコラムでも何度か書いてきたのですが、通訳者に必要な要素の一つとして私は「体力」を挙げています。限られた時間内で瞬発力や集中力が求められる仕事だからです。また、フリーランスで働く以上、健康管理がおざなりであったがゆえに仕事に穴をあけることも許されません。自分自身を一つの「商品」として維持・管理することが大事なのです。人間は年を重ねるごとに無理がきかなくなり、若いころのような体力も期待できなくなります。だからこそ、年齢に応じて自分にどういった栄養が必要か、休養はどれぐらい取るべきか、運動の頻度はどうすべきかといったことを考えながら、日々の生活を送るべきだと私は考えます。

数年前、私はマラソンに凝っていました。体力増強を図りたかったことと、体重を落としたかったためです。最初は自宅マンションの周りを一周する3分ほどでも息切れしていました。けれども継続は力なり。本当に少しずつ走れるようになったのは喜びでした。3キロマラソン、5キロ、10キロと増やしていき、2回ほどハーフマラソンに出たこともあります。中学生の頃、マラソン大会を仮病で休むぐらい走ることが苦手だった自分が、ハーフを完走できたというのは大きな自信になりました。

しかしその後、関節を痛めてしまい走るのが困難になりました。病院で診てもらったところ、生まれつき関節に問題があったこともわかりました。医師からは「固いアスファルトやマラソンは控えるように」とストップがかかったのです。それからリハビリに通うこと1年強。幸い「スポーツクラブなら床が柔らかいので、それならOK」とのゴーサインを頂き、運動は続けています。

スポーツクラブで気に入っているのはスタジオレッスンです。私が通うジムはプールやマシンなど一通りあるのですが、スタジオレッスンだけが好きなので、それ以外の施設は全く使っていません。参加するレッスンは格闘技系のクラスと筋トレ系のクラス。音楽に合わせて体を動かすというものです。60分クラスでは10曲ぐらいかかるのですが、いずれもノリの良い曲ばかりで、レッスンに出るだけでも元気が湧いてきます。

体をトータルで鍛えるには、燃焼系と筋トレ系をバランスよく取り入れることだと言われています。ですので私の場合も、別の見方をすればあえてレッスンに出なくてもウォーキングマシンやバーベルなどを用いた自主トレーニングでも構わないわけです。

けれども私にとって、一人で黙々と取り組むことはどうも性に合わないのですね。60分格闘技クラスをする代わりにウォーキングマシンや自転車こぎでも同じぐらいのカロリーは消費できるでしょう。けれどもスタジオであれば音楽があり、仲間がいて、インストラクターから元気をいただける。そんなトータルでの良さが私にはかけがえなく思えるのです。

そう考えると、運動にせよ学習にせよ、好きな項目や作業なのであれば、自分で遠慮したり我慢したりせず、迷わず取り組むべきでしょう。逆にニガテなのであれば、その分を別のもので補えるような工夫をすればよいと私は思います。たとえば私は自主ストレッチがとても苦手で、「やらなくては」と頭ではわかっているものの、お風呂上がりの体が柔らかいときでさえ、ストレッチを怠ってしまいます。運動している分、きちんと筋肉を緩めることが大切だと感じているのですが、どうも苦手なのですね。ではどうするかと言うと、お金はかかってもマッサージを受けたり、整体をお願いしたりすることで「苦手なこと」を別のもので補うようにしています。幸い相性の良い整体師さんに巡り合うことができ、定期的に体のメンテナンスをお願いしています。

ちなみに私が英語学習で苦手なこと。それはズバリ「英文法」です。幼少期に海外で暮らしていたためか、どうしてもフィーリングで文章を組み立ててしまうのですね。英文法書も持っていますが、難しい文法用語を見ただけで閉じてしまうほどです。でも避けてばかりはいられませんので、辞書を引いたついでに文法の囲み記事を読むなど、別の角度から触れるようにしています。大好きな「ジーニアス英和辞典」には文法項目が易しく書かれているので助かっています。

好きなら迷わず取り組む。ニガテなら他で補う。

そうした贅沢が許されているのが大人なのかもしれません。

(2016年4月18日)

【今週の一冊】

「さあ、音読だ~4技能を伸ばす英語学習法~」 今井宏著、東進ブックス、2015年

先日、久しぶりに大型書店へ行きました。このところエキナカの書店に慣れてしまったこともあり、大規模な本屋さんから足が遠のいていたのです。以前は新宿の大型書店へ仕事帰りに立ち寄り、最上階にまずは向かってどんどん下の階に行きながら大量の本を買っていました。そうした乱読期があったのですよね。最近はもっぱら少数厳選のお店で買うようになっています。

今回ご紹介する一冊は、近所の大型書店の受験コーナーで見かけたものです。私は自分の授業の参考にと、高校生向けの参考書を眺めるのが好きなのですが、本書もその一角に置いてありました。著者は予備校で英語を教える今井宏先生です。

今井氏が述べるとおり、私も音読には絶大な信頼を寄せています。「同時通訳者の神様」と呼ばれた故・國弘正雄先生も「只管朗読」という言葉を唱えておられました。繰り返し音読することが大切であるという内容です。

本書には音読の効果や方法など総括的な内容が書かれています。中でも私が共感したのは、「英語学習とは体育会系の力任せのものである」という趣旨の記述です。日本ではダイエットにせよ英語学習にせよ、色々な方法が出ては消えていきますが、要は「やるか・やらないか」だけのことなのですよね。小難しいことを考えたりせず、理屈を述べたりせず、とにかくガンガンやることが大切だということを私も感じます。

最終章は受験生に向けた応援メッセージです。特に昨今の「コンピュータによる合格発表」に違和感を覚えるという部分は私も共感しました。今はinstant gratification、つまり、何事も「今、すぐ」手に入ったり満足できたりという時代です。だからこそ、寄り道や余韻があっても良いと私は強く思っています。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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