INTERPRETATION

第224回 カフェで集中

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

今年の台風は台湾や中国などに大きな被害をもたらしていますが、一方の日本でも蒸し暑い日が続きます。私は自宅で仕事をすることが多く、授業準備や自分の勉強、原稿執筆などをしています。よほど高温であればクーラーのお世話になりますが、なるべく扇風機で済ませられればそうしたいと考えます。

仕事に疲れたら家事に取り組むのが私にとっては良い気分転換です。ただ、気を付けなければいけないのが家事への「逃避」。ジャーナリストの千葉敦子氏が本の中でこう述べていました。「本当にやりたくない仕事を請け負ってしまうと、効率がガタ落ち」と。私も同じで、気分が乗らないと必要以上に時間がかかり、さらに掃除・洗濯を「やるべきこと」と言い聞かせて逃げてしまうのですね。注意しなければと思っています。

何にせよ、仕事の場合は労働対価としてお給料を頂いていますので、「気分が乗らない」と言い訳をするわけにはいきません。たとえエンジンがかからなくても自分を叱咤激励して取り組むことが求められます。私の場合、気持ちを切り替えて頑張ろうと思うのですが、それでもダメなときは思い切って環境を変えます。具体的にはカフェでの作業です。もちろん、あまりにも長居してはお店の迷惑になりますので、状況を見ながらです。

カフェの利点はいくつかあります。一つ目は「適度な音があること」。話し声やBGM、調理場の音などが程よく雑音を作ってくれますので、かえって集中できるのですね。私の場合、図書館のように完全静寂だとかえって緊張してしまうので、カフェの環境は自分に合っています。二つ目は「コーヒーで集中力を高められること」。カフェインのおかげです。3点目は「居眠りをしてしまうと恥ずかしいので、背筋を伸ばして頑張ろうと思えること」。ちょっとした緊張感も助けになります。そして最後に「周りで仕事を頑張っている人を見ると励みになること」。勉強や仕事に精を出す人を見ると、こちらもやる気が出ます。

明治大学の齋藤孝先生は「15分あればカフェで仕事をする」と本で記していましたが、私もその利点を感じます。家でだらけてしまうぐらいならカフェで集中した方が生産的ですよね。

私の場合、スマートフォンもモバイルPCもiPadも持っていませんので、カフェに行けば仕事をするしかありません。メールのチェックもしませんので、気持ちがあちこちに飛ぶこともなく、割り切って仕事ができるのがありがたいところです。ちなみにこのコラムの下書きもカフェで手書きで執筆しています。あとは帰宅して入力するのみです(←今、まさにこうしてキーボードを打っているのがその作業ですよね)。

ちなみに一日の時間帯でいつが自分にとって集中できるかを把握しておくことも効率化の面では大切です。私の場合、考え事をするのは頭のさえている午前中で、午後はもっぱら「考えずに済む仕事」をするようにしています。文字入力なら家の中で子どもたちが騒がしくしていても書き写すだけですので頭を使いません。疲れていてもできます。

そうそう、カフェ仕事のもう一つの良さは「いつもと違う光景に和まされること」。疲れたときに顔を上げれば窓の外の景色が目に入ってきます。夏の入道雲、行きかう人々の姿、マンションのバルコニーで風に揺れる洗濯物、木々の緑など、私の生活圏とは異なる景色を見るのはホッとできるひと時です。

自宅からカフェに持ち込んだ大量の資料や新聞などを読み終えたときの達成感も格別!これだからカフェでの仕事はやめられません。

(2015年8月17日)

【今週の一冊】

「Foreign Affairs」July/August 2015, Council on Foreign Affairs 発行、2015年

素早く情報を入手するには、やはり母語の日本語でおこなうのが一番だと私は考える。ロンドンで大学院生をしていたころ、四苦八苦して英語文献を読んでいたのだが、「これを翻訳版で読めたらあっという間に情報を得られるのに」と恨めしく思ったものだ。それぐらい、母語による情報吸収速度は速いと私は思う。

そうした理由から、購入比率は圧倒的に日本語文献の方が多いのだが、今回は日経新聞の広告をきっかけに英語文献を入手してみた。

新聞の1ページ目には新刊書や雑誌の広告が出る。英語版Foreign Affairsは日本語版が同時に出版されるのが特徴だ。日経には日本語版の広告が出ていたのである。ロボット特集というのが私の目を引いた。数年前から「通訳の仕事はいずれ機械通訳で淘汰される」と言われていたこともあり、個人的にロボットの進歩には興味を抱いている。それが購入のきっかけである。

雑誌と言うよりも本格的な学術論文であるのがForeign Affairsの特徴だ。せっかくなので今回はあえて英語版を買うことにし、都内まで出かけた。大型書店まで行く時間がなかったので、外国人宿泊客の多いホテルの売店をのぞいたところ、運よく見つけることができたのは幸いだった。

特集には多くの専門家が寄稿しており、ロボットとどのように共存するか、ヒトはロボットに圧倒されてしまうのかなどが綴られていた。興味深かったのは、ある論文の中見出しにDOMO ARIGATO, MR ROBOTOと出ていたこと。「なぜローマ字?」と思われるであろうが、これも背景知識が役に立つ。このフレーズは1983年にロックグループ・スティクスがリリースした「ミスター・ロボット」の歌詞なのだ。「どうもありがとうミスター・ロボット また会う日まで」というフレーズになっている。おそらく著者はこの曲をリアルタイムで聞いたのだろう。

Foreign Affairsにはウェブサイトもあり、一部の論文はオンラインで読める。一方の私は「リアル本派」。読みながら下線を引いたりページの端を折ったりして読み終えたときの達成感を味わっている。なお、広告に注目すると企業幹部向けMBAコースの案内や、研究員募集などが出ている。この読者がどのような層なのか、広告からも推移できる。

ちなみに本書を購入の際、1万円札を出したところ、おつりがすべて新札であった。都内のホテルというのはこうしたところも気配り・おもてなしの対象なのだと思った次第だ。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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