INTERPRETATION

第222回 何事もシンプルに

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

昨年の一時期、我が家の家電が次々と壊れました。オーブンレンジ、掃除機、扇風機などです。いずれも「さあ、使おう」と思った矢先にダウンしました。いずれも購入時期が似ていましたので、同時期に消耗してしまったのでしょう。

新規購入品の一つに掃除機があります。それまで我が家は紙パック式のオーソドックスな型を使っていました。機能もさほどなく、いたってシンプル。それでも10年は持ちこたえました。そのお気に入り掃除機がうんともすんとも言わなくなったため、新品を買ったのでした。

我が家にやってきた掃除機は、すでに主流となっていたサイクロン式。中にフィルターが付いており、ゴミがたまったら捨てるというタイプです。紙パックを使いませんので、紙パック切れの心配もありません。店員さんも「今はサイクロン式がほとんどですよ。紙パックがないので地球にも優しいです」と説明していました。

帰宅して取扱説明書を見ると、わずか数年で掃除機も進歩していたことがわかりました。音量も静か、空気清浄機能も付いています。もっとも私のように「ゴミを吸い取れさえすれば良い」という人間にとっては、宝の持ち腐れでした。日頃使うスイッチもオンとオフぐらいしかなかったのですね。

それでも吸引力は素晴らしいものでした。本体が半透明になっていますので、どれだけゴミが吸い上げられたかを量で確認できます。「うわ!こんなに汚れていたんだ!」とオドロキの声を挙げつつ、「ここまで吸い取った=お掃除しました」感にも満たされましたね。

ところがしばらくたつと何かと使いづらくなったのです。最大の要素は「フィルター交換音声」でした。

私は以前から家電のピーピー音や自動音声が苦手なのです。この掃除機もフィルターがいっぱいになると「早く取り換えて下さい」と言わんばかりにピーピー鳴り始めます。

余裕があればスイッチを止めてゴミを捨てることもできます。そのようにすることが掃除機本体への負担を軽くすることになります。頭では分かっているのです。しかし掃除中は何かとあわただしく、仕事に出かける前の10分でサッと仕上げたいなどというときでもあるのです。

電子音を無視してそのまま掃除機をかけ続けることもできます。けれども敵(?)も負けるまいとピーピー言い続けます。それでもこちらが強硬にかけ続けるとどうなったか。そう、「これ以上吸い取れません!」と言うがごとく、スイッチが止まってしまうのです。

うーん、これには参りました。日頃から定期的に中身を捨てれば良いだけなのは承知しているのですが、いつもそのように真正面から掃除機君と向き合えるとは限りません。仮に「お皿を割ってしまった」「早く破片を吸い取らなくては」「え?スイッチ入らない?先にゴミを捨てるべしということ?」となったらどうすれば良いでしょう?ガラス破片そっちのけでまずはゴミ捨て&フィルター掃除が求められます。幸いこういう状況に直面したことはないのですが、どうも私にとっては使いづらいなあとの意を強くするようになりました。

そこで出した結論。それは「今の私のライフスタイルには合わない」ということでした。もったいないとは思いましたが、結局シンプルな作りの掃除機を新調したのです。もちろん紙パック式です。

いざそちらで掃除をしてみると、「そうそう、こういう単純なものを私は使いたかった!」と改めて感じました。音は大きいですし、特殊機能も付いていませんが、使い方はいたって簡単です。思えばサイクロン式のころ、何となく掃除機をかけるのがイヤになっていたのは、電子音やフィルター交換の煩雑さが理由でした。このたびシンプルなものに回帰しましたので、これからは掃除機掛けのハードルも低くなります。

「掃除機できれいにしたい」のであれば、単純な作りで良いのです。これは「英単語の意味を調べたい」ならば、別に紙辞書でも良いということと同じに思えます。電子辞書やPC辞書の場合、電池切れや画面フリーズというケースも考えられます。そうなると本来の「意味を調べる」ということがとてつもなく大変に思えてしまいますよね。「何事もシンプルに」が今回私の得た教訓です。

(2015年8月3日)

【今週の一冊】

「少しだけ、無理をして生きる」城山三郎著、新潮文庫、2010年

最近文庫本を読むことが増えた。以前は新刊書、とりわけビジネス書ばかり読んでいた。もともと時間管理術やノート術などのハウツーものが好きで、それらを読んでは自分に取り入れられそうなヒントを得ていたのだ。

しかし面白いもので、人の興味は変わる。私もしかり。何がきっかけだったかは忘れてしまったが、あるとき読んだ文庫本が面白かったので、以来、本屋さんでも文庫本の書棚を隅々まで見るようになった。文庫本の巻末やしおりにある新刊・既刊案内も参考になる。これもリアル書籍の良さだ。

城山作品は学生時代に読んだきりでごぶさたしていた。しかし書店の棚を何となく眺めていると、本書だけが際立って見えた。裏表紙には「挑戦をし続ける」と書かれている。勇気が出てきそうな本だと思い、購入した。

「はじめに」には戦前を生き抜いた三人の男たちが紹介されている。真珠王・御木本幸吉、当時のソ連大使・広田弘毅、時の総理・浜口雄幸。この三氏が東京駅ですれ違ったエピソードだ。これを読む10日ほど前、私はたまたまミキモトのお店で御木本幸吉に関するパンフレットをもらっていた。そのようなことも本書を私に引きつけた理由の一つだ。

本書で城山氏は渋沢栄一や野上弥生子、盛田昭夫氏ら多くの著名人について書いている。世の中で何かを成し遂げる人たちの共通点は何か、私たちは今どう生きるべきかがこの一冊からはにじみ出ている。

以下、印象的だった箇所を引用したい。

「魅力のない人とはどういう人か、(中略)型にはまった人ですね。」

「人は、その性格に合った事件にしか出会わない」(小林秀雄のことば)

「本を読み、物を考え、物を書く、そういうことさえしていれば、人生に悪い年というのはない。」

私は小説をあまり読まない方だが、城山氏の書いた小説は読んでみたいと思う。私にとって新しい扉が開かれた。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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