第221回 忘れっぽいのも長所ナリ
私は英語学習のカウンセラー業務に携わることがあります。どのようにすれば英語の勉強を継続できるか、効果的な方法はどういうものかなど、様々な観点から相談者とともに考えつつ、アドバイスをしていきます。
私の場合、英語が好きで好きでこの世界に入り今に至っているのですが、誰もが同じ状況とは限りません。「必要に迫られて英語を学ばざるを得ない、でも自分としてはそれが辛くて仕方がない」という方もいます。
近年増えているのは、「会社が昇進条件として英語の資格試験を課している」というケースです。「自分としては英語が嫌いだったから理系を選んだ。そしてあえてエンジニアとしてこの会社に入ったのに」と悲痛な訴えをなさった相談者もいました。
以前読んだ本で、どのようなタイプが成長するかが綴られていました。著者名や書籍名は今となっては思い出せないのですが、ざっと以下のような内容です。
1.素直であること
2.言い訳をしないこと
3.根に持たないこと
「素直さ」は英語学習でも仕事でも大事です。たとえば誰かにアドバイスをされた際、まっさらな心でそれを受け入れ、実践しようという思いがあれば、そのこと自体が一歩前進につながるからです。
2番目の「言い訳をしないこと」も同様です。人間というのは往々にして面倒くさがり屋です。私自身、日々の生活で「メンドーだなぁ」と思うことがしょっちゅうあります。けれどもそう思いながらやるべき課題から逃げ続けている限り、それは永遠に私の「やることリスト」から消えないのですよね。「言い訳を考える時間があったら、不完全でも良いから着手する」というのが最近の私の中の合言葉です。
3つ目の「根に持たない」というのは、私にとって意外なことばでした。これは「いつまでも状況や相手を恨み続ける限り、まったく進歩は見られない」という内容だったと記憶しています。
たとえば英語学習のカウンセリング業務で「中学校時代の英語の先生がキライだったから今でも英語の勉強はイヤ」という訴えをする方が少なくありません。英語イコールその先生が思い出されてとにかく勉強なんてしたくない、というのですね。
英語に罪はないものの、たまたま習った先生との相性が悪くて英語が嫌いになってしまったというのは本当に不幸なケースだと私も思います。私自身、指導する立場にいますので、その悲劇だけは何としても作ってはならないと考えます。
ただ、人間に与えられた「恩恵」として、「忘却」があるとも私は感じています。ヒトは機械ではありませんので、時間の経過とともに物事を忘れることができるのです。もちろん、忘れてしまって困ることもたくさんありますが、その一方で辛い過去も悲しい出来事も「時間」というフィルターを通して私たちは少しずつ忘れていくことができます。
物事を根に持たない。
人や出来事を恨み続けない。
「忘れっぽさ」があれば、それができるのではないかと私は考えています。そして、過去を嘆き続けることをやめれば、人はいくらでも成長のチャンスを与えられる、とも思うのです。
(2015年7月27日)
【今週の一冊】
過日三島由紀夫の「葉隠入門」という本を読んだ。書かれている文章がわかりやすく、人生訓のような一冊は私の想像よりも読みやすかった。私は学生時代を最後にすっかり文学作品からご無沙汰している。ゆえに三島作品イコール難しいという先入観があった。なので、久しぶりに読んだ三島の本は私にとって、ほかの三島作品に注目するきっかけとなったのである。
今回ご紹介する一冊は昭和40年代に三島が様々な媒体に寄稿したものをまとめたものである。本の後半にはシェイクスピアの翻訳で有名な福田恒存氏との対談も掲載されている。本書を購入したのは駅構内にある小さな書店。電車の待ち時間にふらりと立ち寄った際、背表紙のタイトルがなぜか私には際立って見えたのである。リアル書店というのはそうした出会いがあるから面白い。
目次を開くと「若きサムライのための精神講和」という大見出しがあり、そのあとに「勇者とは」「礼法について」「服装について」「努力について」といった小見出しが続く。エッセイのようになっているので、好みの章から読めるのもこの本の良さだ。
中でも私が興味深く思ったのは、「見た目」に関する部分である。すでに昭和40年代の時点で、日本人はすでに「見かけ」にこだわっていった様子が本文には描かれている。これはテレビの普及によるものと三島は分析し、次のように述べている。
「これはアメリカの肉体主義の当然の帰結であるが、好むと好まざるとにかかわらず、目に見える印象でそのすべての人間のバリューがきめられてゆくような社会は、当然に肉体主義におちいってゆかざるを得ないのである。私は、このような肉体主義はプラトニズムの堕落であると思う。」(42ページ)
2015年の今、書店へ行けば見た目や外見がいかに大切かを訴える本が並ぶ。デキる人は体を鍛えている、小食である、マラソンや筋トレをするといった本が続々と出版されているのだ。今の時代を生きる私たちは、外見はもちろんのこと、プレゼン技術も秀でていなければならず、英語力も求められ、美しい日本語を話すことも必要とされる。さらに文章の書き方も洗練されていないといけないし、議題は紙一枚にまとめるべしといった「こうしなさい」的なことを次々と要求されている。何とも窮屈な世の中のように私は感じる。
狭い社会で暮らしていると、ついつい私たちはそうした流れに乗らなければいけないような同調圧力を感じる。しかし、三島の作品を読んでみると、それだけが世界ではないと改めて気づかされる。「自分」というものをいかに確立させるべきかを私は本書を通じて知ることができた。
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