INTERPRETATION

第211回 本とのつきあい方も変遷中

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

書店は私にとって大好きな空間で、今でも街中で見かけると吸い寄せられるように店内へと入っていきます。特にお目当てがなくても棚の間を歩き、平積み本を見ているだけで幸せなのです。電子書籍がたとえ将来主流になっても、私はリアル書店を探してはその空間から癒しを求め続けると想像しています。

ただ、本そのものとのつきあい方は最近ずいぶん変わりました。以前は店内で見かけた本は「ご縁」と思い、せっせと購入していたのです。ネット書店で「大人買い」をすることもありました。「今、買うチャンスを逃してしまえば、永遠にお別れしてしまう」との思いがあったのです。

けれどもこれを続けた結果、自宅の書棚や机の上は本だらけになってしまいました。「読みたい」という熱い思いで手に入れたはずなのに、「読まなければ」という「煽られ感」が大きくなってしまったのです。「今日こそ読もう」と仕事鞄に入れても開かずじまいという日々が増えていきました。そして次第に自分がダメダメ人間に思えてきたのです。

以来、「一冊を読破したら次を買おう」と思うようになり、今でもそれを実践中です。ただし、自分の興味に合わなければすぐに読むのをやめるというルールも作っています。そうすればイヤイヤ読まずにもすむのですね。今のところ、これでうまくいっています。

ところで以前、ある記事で電子書籍とリアル本の比較を読みました。今や経済活性化の一環として、電子書籍や電子黒板、デジタル教科書などが急速に開発されています。機械一台で世界とつながったり、多様な機能があったりすることで、多くの可能性が広がるのは魅力的です。

その記事で興味深かったのは、電子書籍とリアル本のどちらが読後感の満足につながるかというものでした。そして意見として多かったのが「電子書籍だと読んだ気にならない」だったのです。いつでもどこでも持ち運びができ、暗いところでも読めて活字も大きくできる。便利さが際立っている電子書籍ではあるものの、「確かに活字に目を通したけれど、読んだという達成感がない」という声があるのだそうです。

私の場合、リアル本を読んでいる途中で目次を見直したり、著者略歴をのぞいたり、実用書であればあとがきから先に読んだりとしょっちゅう寄り道をしています。読みながらも気分転換に巻末の「近刊紹介」に目を通すこともあります。また、本にしおりをはさんで中断し、本を机の上に立てて「読了までのページ残量」を目で確認します。分厚い本であればあるほど、本の上から見たときに残りページが少なくなってくると、頑張っているなあ自画自賛モード(?)になります。

おそらくこうして視覚や触覚などを通じてとらえることが、読後感の満足につながるのかもしれません。ちなみに新刊書であればページとページに空気が入っていませんのでめくりにくいですよね。それが本を読み進めるにつれてパラパラとめくりやすくなるのもリアル本の特徴です。

読書でも英語学習でも、「かけた手間が大きいほど満足感につながる」というのが私の考えです。重くてかさばるリアル本ではあっても、あえて紙版にこだわるのはこうした理由からと言えます。英語の勉強でも、ネットの英語ニュースはいつでもどこでもダウンロードできます。しかし私はあえて小型ラジオを用意し、時報とともにスイッチを入れてニュースを聞くようにしているのです。

手間を「わずらわしい」と感じるか、「達成感につながる喜び」ととらえるかなのかもしれません。

(2015年5月18日)

【今週の一冊】

「表現者たちの『3・11』―震災後の芸術を語る」河北新報社編集局編、河北新報社、2015年

大学では複数の授業を受け持っているため、キャンパスに着いてからも案外あわただしい。教室間の移動、課題の回収や採点、学生の進路相談など、私にとっての「やるべきこと」は少なくない。連続で数コマ教えて講師控室に戻り、コーヒーを片手にしばしボーっとするのが私にとっては和みのひとときだ。

残務整理をして講師室を離れると次の「お楽しみ」は大学の図書館探訪だ。私が学生のころはなんとなく暗くて敷居の高いイメージがあったのだが、今は大学図書館も多くの工夫をしており、実に使いやすくなっている。特に新年度が始まった直後は、新入生向けにオリエンテーションやスタンプラリーなどもしており、学生たちが図書館に親しみ、本をたくさん読んでいけるようなきっかけ作りがいろいろと見られる。

私のお気に入りコーナーは、新刊書の棚である。書店でついこの間発売された本も、大学図書館であれば即入荷となるようだ。ここが公立図書館との違いだと思う。私は複数の大学で教えているのだが、大学によって購入する新刊書が微妙に異なるのも興味深い。

今回ご紹介する一冊は仙台を拠点とする河北新報社が先日出したもの。震災を芸術という観点からとらえたものだ。美術、建築、音楽、演劇など、それぞれの世界で活躍する方々が、震災後にどのような活動をし、どう感じたかが記事の形でつづられている。

私はクラシック音楽や舞台芸術が好きなので、指揮者の佐渡裕さん、ピアニストの小山実稚恵さん、女優の渡辺えりさんの記事が中でも興味深かった。どの芸術家たちも、震災を機に自分に何ができるのかを自問自答している。震災から4年たった今だからこそ、3・11について考え続けていこうと本書を通じて改めて感じた。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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