INTERPRETATION

第205回 グローバルということばの響き

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳という職業柄、ことばにはいつも感心を抱いています。語源を始め、語感や響き、文字の形など、いろいろなことに興味があります。ことばの学習に終わりはありませんので、未知の単語に出会うたびに「なぜこういうスペルなのだろう?」「もともとはラテン語から来ているのかしら?」などと想像します。そのままにせず、ひと手間ふた手間かけて調べてみると、意外な知識を仕入れることになりますので、そのプロセスを楽しむようにしています。

さて、ここ数年、日本では「グローバル」ということばが多用されるようになりました。「グローバル人材の育成」「企業のグローバル化」「グローバル教育」「グローバル時代」といった具合です。新聞を開いても必ず目にしますし、車内の中吊り広告を見てもそうした単語が頻繁に出ています。

「グローバル」ということばは、響きも心地よいですよね。濁音が「グ」「バ」と二つありますが、その一方で「ラ行」の文字は「ロ」と「ル」の二つ、間に長音の「ー」も入っています。発音しやすい単語だとも思います。

今から10年以上前、イギリスでの生活を終えて日本に帰国した際、とても興味深く思ったのが「店名の工夫」でした。イギリスの場合、どのお店もシンプルな店名なのですね。たいていは人名が付けられていますので、「ああ、このお店の創業者の名前なのだなあ」とわかります。

一方、日本はどうでしょうか?イタリアンレストランならイタリア語、フランス料理ならフランス語の店名が付いています。スイーツショップでもファッション関連の店舗でもかなり凝った名称です。中には長い単語で意味もわからず、読むのに難儀するものもありますが、やはりことばの響きや文字の形などが大事になってくるのでしょう。

話を「グローバル」に戻しましょう。近年の「グローバル」という語が頻繁に出てくる様子は、バブル期の「国際化」と似ています。バブル当時は猫も杓子も「国際」「国際」でした。大学も「国際関係学部」「国際法学部」といった学部を誕生させていったのです。今では「国際」も聞き飽きた感があるのでしょう。時代は断然「グローバル」です。

ではもし「グローバル」を意味することばがまったく別の単語だった場合、ここまで流行したでしょうか?たとえば「ブッチャリンガゴ」などという単語だった場合、どうでしょうか?

「これからの時代、企業のブッチャリンガゴ化が必要」

「文科省が37大学をスーパー・ブッチャリンガゴ大学に選定」

「ブッチャリンガゴ・リーダーの育成」

「○○株式会社ブッチャリンガゴ事業推進部」

という具合です。なんだか舌をかみそうです。

「グローバル」ということばがなぜここまで広まっているのか。どなたか言語学的に検証してくださればと思います。

(2015年3月23日)

【今週の一冊】

「突破力と無力」税所篤快著、日経BP社、2014年

相変わらず「意外なところで本と出会う」のを良しとしている私であるが、今回ご紹介するのもそんな一冊。きっかけはフリーペーパー「R25 EXTRA」である。駅構内やコンビニなどに置いてある冊子だ。

税所さんの第一作は数年前に読んだことがある。足立区で過ごした子ども時代に落ちこぼれであったことを始め、大学に進学するも失恋したのを機にいろいろ悩んだ様子がつづられていた。しかし税所さんはうじうじとその場にとどまるタイプではない。一念発起してアジアで遠隔教育のプロジェクトを始めたのである。デビュー作を読み、ものすごいエネルギーの持ち主であるという印象を受けた。

その後税所さんは一か所に居続けることなく、世界各地で教育関連のプロジェクトを始めている。バリバリ続けていたと思われていたのだが、R25の税所さんの文章を読むと、プロジェクトを「やり散らかして」しまったことへの反省や人生に迷っていた時のことなどが出ていた。エネルギーが莫大であればあるほど、その反動は大きいのかもしれない。

昨年発行された本書は、ロンドン大学修士課程に進学した税所さんの近況が紹介されている。ソマリアで大学院教育プロジェクトを始めた話がメインなのだが、ソマリアという無政府国家において事業を進めることは、並大抵の努力ではかなわないだろう。

私自身、ロンドンで留学したことがあるため、本書に出てくる地名には懐かしさを覚える。また、物価の高さが今でも変わらないことや大学院の課題の厳しさなどは実に共感できる。苦しい中、どのように気持ちを前へ進めさせていくかを実体験できる、そんな一冊だ。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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