INTERPRETATION

第204回 英語で喜んでもらう

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日オーストラリア産のチョコレートビスケットTim Tamを買いました。ビスケットの周りがチョコレートでくるまれており、濃厚な味わいのおいしいお菓子です。いろいろな種類が出ており、ダークチョコやホワイトチョコなどもあります。期間限定版もあり、輸入食材店を時々のぞいてはチェックしています。

私は商品パッケージを眺めるのが好きで、デザインやロゴ、ネーミングなどを見ては楽しんでいます。「Tim Tamって面白い名前だけど、どういう由来だろう?」と気になったこともあり、早速調べてみました。商品のホームページを読んだところ、このお菓子メーカーの方がたまたま出張先で競馬を見たのだそうです。その時に優勝した馬の名前がTim Tamだったのでした。こうしたきっかけも楽しいですよね。

さて、そんな調べ物をしているうちに、Tim Tam Slamなる食べ方があることを知りました。このチョコは細長いのですが、その端を二か所かじり、そのままホットコーヒーに浸し、ストローで吸い上げるかのごとくTim Tam経由でコーヒーを飲むのだそうです。するとホットコーヒーがTim Tamのチョコやビスケットと混ざって口の中に入ってくるのですね。と同時にチョコも溶けはじめますので、あとは一気にTim Tam本体も食べる、というのがTim Tam Slamなのだそうです。

具体的なやり方が気になったので、今度は動画で検索してみました。するとある日本人の方が実にわかりやすく実演していた動画が見つかりました。しかもナレーションは英語です。Ochikeronさんというハンドルネームの方で、Tim Tam Slam以外にもたくさんのレシピを英語で説明した動画が見つかりました。プロフィールを読んだところ、もともとは会社員でしたが、東日本大震災を機に、日本のおいしい料理をわかりやすく英語の動画で発信しようと決めたのだそうです。

Ochikeronさんのレシピは多岐にわたります。おかずやメイン料理はもちろんのこと、おいしいスイーツを自宅にある材料で簡単に作れるレシピもたくさんアップロードされていました。私もバウムクーヘンやスフレケーキなどにトライしたのですが、本当に作りやすく、実に美味でした。特にバウムクーヘンは家にある卵焼き器を使ってクルクルとロール状に重ねていくのですが、出来上がっていく過程も視覚的に楽しめます。貴重なレシピをこうして無料で公開してくださっていることに感謝です。

自分が好きなことで生きていく、とこの動画サイトは最近CMでもうたっています。Ochikeronさん始め、今や動画の世界では自分の英語力を世の中のために役立てたいとの思いで活動なさっている方が大勢いらっしゃいます。英語というコミュニケーションの手段を「勉強の目的」にするのではなく、「誰かに喜んでもらいたい、人のためになりたい」という思いで歩む人々の姿に、私は大きな刺激を受けています。

(2015年3月16日)

【今週の一冊】

「岩井希久子 生きる力」岩井希久子著、六耀社、2014年

著者の岩井希久子さんのことを知ったのは偶然であった。私は駅に置いてあるフリーペーパーが大好きで、通りがかると必ず手に入れている。その日も私鉄を利用した際、鉄道会社発行の月刊誌が目に入り、迷わずラックからいただいた。そのペーパーには毎月インタビューが出ているのだが、そのとき掲載されていたのが岩井さんだったのである。

NHKの番組に出演するなど実は大活躍の岩井さんではあったのだが、恥ずかしながら私はこのインタビューでそのお名前を初めて知った。読み進めると「絵画保存修復家」という仕事があることもそのとき知ることとなったのである。

通訳者と修復家という仕事は一見かけはなれている。けれどもどのような仕事であれ、仕事そのものへの思いや哲学というのはどれも共通しているというのが私の読後感だ。いくつか印象的だった箇所と私の感想をご紹介したい。

「私はものをつくる職人とは違うけれど、精神的には”職人”だと思います。」→これは通訳者にも当てはまると思う。

「修復という仕事は物理的に作品をつくろい直すだけの仕事ではありません。作家が何を思い、何をしたかったのかを読み取り、愛情と責任をもって作品を最善の状態にしていく仕事です。」

→これも通訳者と共通する部分がある。話し手の言いたいことを読み取り、「愛情と責任」をもって通訳する必要があるのだ。

「修復する絵画は『もの』ではなく、『生きもの』なのです。私たちの仕事は、人類の宝である大切な命を、次の時代にきちんと手渡す仕事です。それには修復技術も重要ですが、それよりも対象に向かう私たち自身の精神がちゃんとしていなければいけません。」

→ことばも生きものである。「通訳イコールすべての単語をもれなく拾う」という考えも確かにあるだろう。けれども技術以上に私たちが「ことば」そのものを大切に考え、私たち自身のこころがまずは健全であることが求められると思う。

今回もフリーペーパーがきっかけで、とても大切なことに気づかされる一冊と巡り合えた。岩井さんの著作はほかにもあるそうなので、ぜひそちらも読んでみたいと思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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