INTERPRETATION

第194回 今年心がけたいこと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2015年が始まりました。第194回の原稿をこうしてお届けできますのも、ご愛読くださるみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。そして今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、みなさんは一年の目標をすでに立てられたでしょうか?以前の私は気合を入れて新年に目標を打ち出していました。少し前のことですが、仕事でとあるセミナーに参加する機会をいただき、そこで時間管理や目標設定について詳しく学んだことがあったのです。もともとタイムマネジメントや計画づくりには興味がありましたので、セミナー受講直後はせっせと計画を立てては実践するよう心がけていました。

一方、最近の私はと言いますと、さほど熱心に一年の計を考えることもなくなりました。初詣に出かけても、自分の思いを強く念じるというわけではありません。その代わり、あらゆることをそのまましっかりと受け止め、そこから自分が何を感じるか、それをどのようにして次につなげていくかを意識するというのがここ数年の私です。

私は学生時代および社会人になりたての頃、些細なことで気分が左右されていました。相手の一挙手一投足が気になったり、何気ない一言を思い切り深読みしたりもしました。先方は他意が全くないにも関わらず、私の方で独り相撲をしてはクタクタになるということも少なくなかったのです。年月の経過とともにだいぶそのあたりは適応力で乗り切れるようになりましたが、私にとってはまだまだ修行が必要です。

自分の性格は一朝一夕で大変化を遂げられるわけではありません。ただ、私個人としてはできる限り前進したいとは思います。ですので、心をかき乱されたり後退したりしないことを今年の目標にしようと考えているところです。

話を少し戻しましょう。先の時間管理セミナーを受講する数年前のこと。別の講演会で興味深いことを聞きました。「自分に与えられた境遇をどう受け止めるか」という話題でした。そのときの講師の先生がこう述べたのです。「何事もポジティブに受け入れるというのには無理がある。大事なのはいったんそのことをしっかりと自分の心で受け止め、それを直視し、そこからどうプラスに動くかだ」と。

先生いわく、いわゆる「ポジティブシンキング」は、与えられた状況がたとえ辛いものでも「辛くない辛くない」と否定してしまうのだそうです。しかしその先生によれば、「辛いものは辛い」と受け止め、そこから少しでもプラスの要素を見つけ出す方が心にとって負担が軽くなるのだそうです。

人間は日々の生活を営んでいれば、良いことにも悪いことにも必ず直面します。いつもプラス三昧というわけにはいきません。大変な状況に自分の身を置かざるを得なくなったとき、なぜそうなったかを考えつつ、そこからどのような教訓を自分は導き出せるか、そしてそれをどう将来に活かしていくかを私自身、じっくりと考えながら新しい年を歩んでいきたいと思っています。

(2015年1月5日)

【今週の一冊】

「通訳日記 ザックジャパン1397日の記録」矢野大輔著、文藝春秋、2014年

今年最初にご紹介したい記念すべき一冊は「通訳日記」。これまでの書籍全般を見てみると、通訳者が主人公になるフィクションは少なく、通訳者自身が回顧録を出すことも多くないように思う。「通訳日記」の著者・矢野大輔氏はサッカー日本代表ザッケローニ監督の専属通訳者として監督を数年間支え続けた。その矢野氏が克明に記し続けた日記が本書を構成している。

本書を繙いてみると、矢野氏がいかにしっかりと監督の言葉を記録してきたかが読み取れる。矢野氏自身、元はサッカー選手であるがゆえにザッケローニ監督のことばを真に理解できていたのだ。私は常々「通訳者に必要なのは語学力以上に知識力」と思っているのだが、矢野氏の場合、選手としてサッカーそのものを熟知していたことと語学力があったからこそ、ザッケローニ監督の通訳者という重責を勤め上げられたのだと思う。

日本代表選手たちの名前も随所に登場するので、サッカーファンにとっては実に読み応えがある。そしてそれ以上に感銘を受けるのがザッケローニ監督の述べた数々の名言だ。スポーツの世界に留まらず、ビジネスの場面でも、日常生活においても、ザック監督のことばは普遍的なものだと思う。試合後のインタビューで人懐こい笑顔を見せたザッケローニ監督。代表メンバーが一丸となれたのはひとえに監督の人間性だと私はとらえている。

通訳業に興味のある人にも、サッカー大ファンの方々にも、リーダーとは何かを模索するビジネスパーソンにもお勧めしたい一冊だ。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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