INTERPRETATION

第189回 しぐさについて

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳の仕事では、業務を通じて色々な方にお会いします。企業のトップ、学術界の専門家、芸術分野で活躍中の方々など、実に多様です。私自身、これまで多くの方々からたくさんのお話を伺う機会に恵まれました。また、そうした方たちの言動やちょっとしたしぐさからもヒントを頂いたように思います。そこで今回は「しぐさ」について10点ほどお話いたします。

1.ペットボトルの飲み物をどう飲むか

本来飲み物というのはコップに注いで飲むものですが、最近はペットボトルから直に飲むことが主流になってきました。昔は「ラッパ飲み」と言われて敬遠されていたのですが、時代が変われば価値観も変わりますよね。そのような中、ある年配の方がペットボトルを持つ際、もう片方の手をボトルに添えて飲んでいたのが心に残っています。飲むときも真正面ではなく、少し横を向いており、品が滲み出ている飲み方でした。

2.あいさつ時には立ち上がる

たとえばオフィスで来客があったとします。そのようなとき、机で作業しているスタッフは相手からあいさつがあった際、つい着席のまま返事をしてしまうことも少なくありません。その方のご用件を伺うのであれば、立ち上がって近づくのが正しいやり方です。立ち上がれないときは少し腰を浮かしてあいさつをするだけでも丁寧さが出てきますよね。

3.相手におへそを向ける

これもあいさつに関連します。あいさつをされたとき、ただ単に返事をするだけでなく、相手におへそを向ける感じで向き合うと相手に丁寧な印象を与えます。首だけ振り向くよりも体ごと向いている方がこちらも気持ち良いですよね。

4.手を重ねる

引き続きあいさつ時のしぐさです。手を重ねた状態だとさらに丁寧さが醸し出されます。手を重ねるというしぐさは、たとえば普通に座っているときや電車の着席時などでも引き締まった感じが出てきます。ちなみに手の重ね方は「右手を下にして左手を上から重ねる」のが正解です。これは「利き手である右手に武器を持っていない」ということを意味しており、昔からの作法です。

5.足を閉じて座る

個人的には非常に気になる近年のしぐさとして、女性の多くが足を広げたまま電車内で座る様子が挙げられます。パンツルックであればまだしも、スカートだと真正面に座った人はとても困ります。通訳現場では机の下が開放型のものがあります。そのような机でメモを取る際には座り方に気をつけなければなりません。お客様が気分を害さないようにすることも私たちの仕事においては大切だと思います。

6.両手で受け取る

何かを手渡されたとき、片手で受け取ることはないでしょうか?しかも頭をカクンと下げて「ども」とお礼を口ごもってしまう。相手が丁寧に手渡してくれているのですから、ぜひとも両手で受け取りたいところです。「ありがとうございます」という言葉も慣れれば数秒で言えます。笑顔でハッキリと言えればパーフェクトですよね。

7.ペンやお箸の持ち方

自分では無意識なものの、実はじっくり観察されているのがペンやお箸の持ち方です。「子どものころ厳しく言われたけれど、大人になったら我流になってしまった」という方も多いのではないでしょうか?素敵なネイルアートを施した指先、さらにペンやお箸の持ち方が美しければ好印象を相手に残します。

8.姿勢や表情をチェック

眉間のしわ、口角の下がりや猫背など、自分では気付かない癖はつい表に出てしまいますよね。外出時にはショーウィンドーや鏡に映った自分の姿を確認する習慣をつけると改善につながります。オフィスワークであれば机の上に手鏡を置いておくのも一案です。

9.音を立てない

私は筆圧が強く、ペンで文字を書く際かなり音が出てしまう方です。通訳者としてデビューしたころ、同通ブース内でボールペンを用いてスラッシュリーディングをしていたところ、先輩に指摘されたことがありました。以来、文字を書くときやパソコンのキーボードを打つ際に気をつけるようにしています。

10.食べる速さ

放送通訳現場では30分ないし15分で交代しながら同時通訳を行います。食事休憩はありませんので、自分でタイミングを見計らって食べる必要があります。食べながらネットの最新情報をチェックし、今流れている英語放送を視聴し、必要な参考資料を読み込んでという具合に同時進行で色々なことが進みます。このため私などはどうしても早食いになってしまうのですね。仕事現場だけでなら良いのですが、それが癖になってしまい、普段もつい慌ただしく食べてしまいます。食べ方や速度など、気をつけたいと思っています。

以上、しぐさに関して10項目を挙げてみました。これからも色々な方のしぐさから学ぶと同時にマナー本などを通じて学習したいと思っています。

(2014年11月24日)

【今週の一冊】

「ゲームシナリオのためのミリタリー事典 知っておきたい軍隊・兵器・お約束110」坂本雅之著、ソフトバンククリエイティブ、2012年

私は放送通訳業務の経験がないままBBCで勤め始めた。幼少期のイギリス暮らし、大学院でのロンドン生活を経てもなおイギリスへの気持ちは強かった。よって「イギリス勤務の仕事」をひたすら探したところ、運よくジャパンタイムスの求人欄でBBCを見つけたのである。放送通訳はおろかテレビ局に足を踏み入れたことすらなかったが、「どうしても働きたい」という熱い思いだけはあった。それを汲み取ってくれた旧職場には今でも感謝している。

いざ働き始めてから一番苦戦したのは軍事用語である。日本のニュースと比べて欧米では戦争や安全保障関連の話題が頻繁にあがる。武器の名前や部隊の名称、兵士の肩書きなどは国によって微妙に異なる。正直な所、今でも得手ではない。brigadier generalやbattalionなど、同時通訳現場で出てきたら即座に訳さねばならないが、いまだに緊張してしまう。通訳の仕事というのは永遠に勉強が続くのだ。

周囲の声に耳を傾けてみると「軍事用語はニガテ」と語る通訳者が少なくない。そこで今回ご紹介したいのが本書である。「ゲームシナリオのため」とあるので、ストーリー執筆に携わる人が想定読者だ。しかし本書の優れているところは何と言っても巻末の索引の充実度である。軍事用語が細かく網羅されているので、不明な単語があればここから調べるだけですぐに理解できる。インターネットのウィキペディアも便利ではあるが、ざっくりと調べたいのであれば、概要を記した本書の方が手軽に素早く読めると思う。

本書は1テーマが見開き2ページで構成されている。グラフや図解も多く、時間がないときはそうしたグラフィックスや太字を読むだけでも理解できる。銃、ライフル、マシンガン、拳銃、サブマシンガンなど、軍事用語は多様で奥が深い。「ゲームシナリオのための」である以上に「通訳者のための」と銘打っても良いのではと思ったほどだ。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END