第187回 自分でハッピーになるには
今年9月、大学時代の恩師が亡くなりました。同時通訳者の井上久美先生です。私が先生の授業をとったのは大学3年生のときでした。
先生は当時、大学で通訳の授業を受け持ちながら国際会議の同時通訳者として国内外で活躍なさっていました。ご家庭もあり、小さいお子さんたちを育てつつ仕事もされるという、私たち女子学生にとっても憧れでした。
授業内容は実践的な題材が選ばれました。また、毎回単語テストがあり、私たちは分厚い用語辞典を1冊覚えることとなったのです。さらに英語学習者向けの英字新聞からも出題され、とにかくハードな授業でした。あの厳しいクラスがあったからこそ、通訳者としての心構えや勉強法を私は体得できたと思っています。本当に感謝しています。
久美先生は晩年ガンを患われていたそうです。ここ数年は年賀状だけのやり取りになってしまっていたのですが、数年前の賀状にはご自分が病気になられたことが一言直筆で添え書きされていました。けれども印刷されたメッセージには周囲への感謝と「常にハッピーでいること」という明るく前向きな文言が綴られていたのでした。
その後毎年いただく年賀状も、いつも明るく勇気づけられるような文章でした。ゆえに先生はお元気になられたのだろうと私は解釈したほどでした。ですので、秋の始めに先生がお亡くなりになったという知らせを聞き、ただただ信じられない思いに駆られたのです。
まだ還暦という年齢は、今の時代においてあまりにも早すぎると思います。先生が私たち教え子に残してくださったことは、いつも前を向き勇気を持って歩み、幸せを感じながら生きて行こうというメッセージだと私は解釈しています。その途上には辛いことや逃げ出したくなるようなこともあるでしょう。おそらく先生ご自身もそうであったに違いありません。けれども先生は常にパワフルに立ち向かい、自分から切り開いておられました。私たち教え子たちは誰もがその姿に勇気づけられたと思います。
自分が幸せになるためにできること。それはおそらくその人自身が自分の力で考え抜き、行動していくことだと私は思います。先生の訃報を機に私が心がけようと思ったのは、「とにかく一歩を踏み出すこと」でした。迷った時もあまり深く考えてばかりいるのでなく、まずは動いてみること、そしてそこから解決に向けて歩み続けることだと自分に言い聞かせています。
仕事で悩んだり、人間関係で心を痛めたり、体の不調を覚えたりと私たちは生きている間様々な課題に直面します。「どうしよう?どうすれば良いのだろう?」と人間誰しも思い悩むことでしょう。
けれども頭の中で考えすぎるとかえって混乱し、気持ちもさらに沈んでしまいます。沼の中におぼれてしまうと、そこから這い上がる気力もさらに萎えそうです。
そうなる前にまずは行動する。それが今一つの進み具合であることが分かったら、そこでまた考えて次の一歩を踏み出す。それを繰り返して次を目指す。
考えすぎることにエネルギーを費やす代わりにまずは動くことで、自分を少しでもハッピーにさせていきたいと私は考えています。自分が幸せになり、その幸せを周囲にお裾分けすること。そうすることで少しでも先生への恩返しができればと願っています。
(2014年11月10日)
「アメリカ外交 苦悩と希望」村田晃嗣著、講談社現代新書、2005年
過日行われたアメリカの中間選挙ではオバマ大統領率いる民主党が惨敗した。大統領が残りの任期をどう乗り越えるかが注目される。上下両院とも野党・共和党が過半数を占めた今、オバマ政権にとっては法案を通すのも難しくなるだろう。世界情勢が緊迫する中、アメリカがどのような方向を示していくのか気になる。
今回ご紹介する本は2005年に発行されたもの。著者の村田教授は現在同志社大学の学長でおられる。数か月前の日経新聞で村田学長が本にまつわる文章を寄稿されていた。それが私にとってのきっかけとなった。
その文章には、大学運営や教養といったキーワードに関して先生が感じておられることが綴られていた。とても読みやすかったので、ぜひとも先生の著作を読んでみたいと私は思った。早速探してみたところ、専門書の刊行がほとんどで、先生のエッセイのようなものは見当たらなかった。そこでまずは読みやすい新書をということで選んだのが本書である。
その直前、私は放送通訳業務でイラン革命とアメリカ大使館人質事件のドキュメンタリー特番を通訳した。番組ではかつて人質だった方々の証言が紹介されており、カーター大統領がどのように事件解決に向けて動いたかといった内容が盛り込まれていた。番組放送後、本書の該当箇所を読んでみたところ、非常に分かりやすく、本番前に読んでいたらと思ったほどである。
新書というのは大学生でも読めるし、価格もお手頃だ。概要を知る上ではコンパクトにまとまっている。村田学長の文章は日本語が実に豊かで、読んでいて文章そのものの勉強になる。中間選挙が終わった今、アメリカの政治や外交について大局観的に知る上で大いに参考となる一冊だと思う。
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