INTERPRETATION

第185回 楽しみを見つける

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日の英字新聞The Japan Newsに興味深い特集が掲載されていました。テーマ別投稿で、毎月編集部がトピックを設け、それに対して読者が投書をするという企画です。今月のタイトルは「どのような機能をスマートフォンに求めるか?」というものでした。

10人ほどの読者の意見が載っていたのですが、「香り付きのアプリがほしい」といったものや「充電機能を充実させてほしい」という内容もありました。ちなみに私の投書も掲載していただいたのですが、私の意見はズバリ「スマホを持たない理由」です。なぜこれほどスマホが普及してもあえてガラケーを使うか記しました。

「シバハラさんはスマホが嫌いなのですか?」とよく聞かれますが、そういうわけではありません。搭載アプリには優れたものがたくさんありますし、移動中に調べ物やメール返信、文書作成などができれば仕事もはかどると自分でも思います。でも未だかつて持たないのは、特に必要性を感じていないというのが大きな理由です。

その反動、というわけではありませんが、「日常生活の中で楽しみを見いだすこと」にはこだわっている方です。以前は歩きながら携帯音楽プレーヤーでお気に入りの曲を聞いたり、ポッドキャストに耳を傾けたりしていました。でも今はそうしたグッズも持たずに歩きます。では何をするかというと、自分なりにテーマを設けて周囲の光景を楽しんでいるのですね。

たとえば、空がきれいな日であれば雲の形に焦点をあててみます。「モクモクしているなあ」「うっすらとした雲の向こうに青空が見える」という具合に観察してみるのです。別の日は「ビルの屋上」ばかり眺めることもあります。オフィスビルの上に住居部分があったり、屋上に鳥居が設置されていたりと新たな発見に嬉しくなります。

他にもナンバープレートの地名を見ては「このあたりは品川ナンバーが多い」と思ったり、「なぜダンプカーは足立ナンバーばかりなのだろう?」と考えたりもします。

私は早朝シフトで始発の電車に乗ることが多いのですが、出かける前に日の出時間を調べてから家を後にします。その時間帯になると窓の外を眺めて朝日を眺めるのも楽しみのひとつです。東の空がうっすらと明るくなり、やがて大きな太陽が昇る様子は実に見事です。一日のエネルギーをそこで頂いています。

このように「観察対象」から私は楽しみをもらっているのですが、それと同時に私にとって大切な存在があります。それは「私に元気を下さる人たち」です。

お名前は存じ上げないのですが、いつも私が立ち寄る時間帯にいるコンビニのスタッフさん、仕事の合間に一息つくカフェの店員さんなどがその一例です。お金のやり取りの際に一言二言交わすだけなのですが、何となく顔なじみになり、その会話から元気を私は頂いています。

先日のこと。早朝の放送通訳前にいつものコンビニに入りました。私は英字新聞とミネラルウォーター、そして店内専用の挽き立てカフェオレを購入しています。その日も同じ店員さんだったのですが、私がレジに近づく数メートル前の時点でサッとカフェオレのコップを用意してくれたのです。その気くばりに私は惚れ惚れすると同時に、素晴らしいサービス精神に嬉しくなりました。朝一番でそこから元気を頂いたのは言うまでもありません。

世の中は今、デジタル最盛期です。スマホ一台あればあらゆる楽しみが目の前に現れます。けれどもそうした時代だからこそ、あえて自ら楽しみや喜びを見出していくのも、幸せに生きていく上で必要ではないか。そう私は思っています。

(2014年10月27日)

【今週の一冊】

「吉田松陰の名言100」野中根太郎著、アイバス出版、2014年

東京の世田谷区に「松陰神社」という神社がある。東急世田谷線「松陰神社前」から歩いて行ける神社で、ここには吉田松陰がお祀りされている。中学や高校の教科書で吉田松陰という名前だけは聞いたことがあるという人も多いであろう。今回ご紹介するのは、吉田松陰が残した名言の数々が掲載された一冊。松陰は幕末や維新に活躍した多くの志士たちを導いている。

本書は松陰が残した名言の中から100個を選び抜き、原文と現代語訳、そして解説が記されている。時代を経ても松陰のことばには非常に説得力があり、今読んでも心に響くものばかりだ。

たとえば「全精力を集中して学べば一生の財産となる」といったことばや信念の大切さ、物事をやり遂げる必要性などを松陰は説いており、それは今の時代にも大いに応用できる。現在ベストセラーになっているビジネス書や自己啓発書なども、元をたどればこうした偉人たちのことばが土台にあるのだ。

松陰が生きた時代は海外への移動はおろか、国内でさえ情報が到達するまで多大な時間を要している。それにも関わらず、当時の志ある人たちは物事を大局観的にとらえて生きたのである。今を生きる私たちは、そこから大いに学ぶべきであろう。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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