第176回 私の考える「自律学習」
最近の英語教育界では「自律学習」ということばがよく使われています。これは英語学習者自身が自力で工夫をしながら学ぶ様子を指します。英語に限らず、何かを修得するためには学ぶ者自身が積極的かつ自発的に勉強をすることが大事だと私自身とらえています。
「学び」というのは、本来私たち人間に与えられた特権ではないかと思います。ことばを持ち、学ぶための道具があるということ。これは他の生命と比べても、人間に与えられた恩恵だと思うのです。昔は勉強にせよ部活動にせよ、苦しい中を耐え抜いて合格や勝利を勝ち取るということが主流でしたよね。けれども今は時代も変わり、いかにして学びから喜びを得ていくかという考えにシフトしてきています。
確かに、短時間で早急に身に付けねばならない場合は、学びに苦しみも伴うでしょう。「海外赴任までに中国語をマスターしなければ」「昇進のために○○技術の国家試験を取得しないといけない」など、期限があり、求められている技術があれば、それを得るために多大な努力を払う必要があります。
しかし、義務教育や高等教育を経て大人になった私たちの場合、ある程度のおおらかさや良い意味での「緩さ」があっても良いと私は考えます。語学の場合、本人がことばの世界を楽しむことが次につながると思うのですね。よって、学び方の「絶対的正解」を求めるのでなく、その人その人に合った方法を本人が試行錯誤しながら編み出していくことが肝心だと考えます。一つの方法に失敗してもそこでくじけず、別のやり方に挑んでみる。さらに微調整をしながら前進するという方法で良いと思うのです。
たとえば私の場合、放送通訳現場で「学びのきっかけ」を得ることが頻繁にあります。先日のテーマは「マラウィ」でした。アフリカの内陸国であり、世界最貧国の一つと言われている国です。
担当したのはInside AfricaというCNNの30分番組でした。この番組では毎週アフリカの様々な場所やテーマが取り上げられます。この週はマラウィの観光地や文化・風習などが主に扱われました。
番組スケジュールと概要はインターネットに出ていますので、まずはそれにざっと目を通します。既に初回放送が事前に放映されている場合はその録画を視聴しますが、そうでない場合は自分なりに調べていきます。
最近はウィキペディアに一通り出ていますので、大まかな状況はつかめますよね。学術論文ではウィキペディアを引用することができませんが、放送通訳現場では大いに重宝する情報源です。ただ、それだけでは何となく物足りないため、私は別の観点からも調べるようにしており、その作業を大いに楽しんでいます。
まずは「マラウィ」と聞いて自分自身、何を知っているかを考えます。「そういえば歌手のマドンナがマラウィの子どもを引き取ったっけ」「以前勤めていた航空会社でアムステルダム経由マラウィのリロングウェ行き貨物を扱ったなあ」ぐらいしか思いつきません。この程度の知識では不十分なので、ここが出発点となります。
最初に私が調べるのは「地図」。地図を眺めるのが大好きなのでまずは場所を確認したいのですね。アフリカ大陸の中での位置づけを始め、マラウィの主要都市や観光地図など、インターネット上のマップを印刷していきます。次は人口や文化、宗教、主要産業などのデータにも注目です。調べる際はグーグルでキーワードを検索するほか、Yahoo きっずなども重宝しています。
さて、いよいよ番組本番です。同時通訳をしていると、探検家リビングストンの名前も出てきました。リビングストンは1800年代にアフリカ南部から川をさかのぼり、マラウィ湖の探検をおこなったのだそうです。マラウィ湖は世界遺産にも登録された淡水湖で、画面には野生動物や鳥、魚など、豊かな自然が映し出されています。「マラウィ=世界最貧国の一つ」という知識しかなかった私にとって、その大自然は息をのむ美しさでした。
帰宅後、マラウィについてさらに調べてみました。マラウィ最大都市であるブランタイヤは現在も商業の中心地として栄えています。「イギリス人駐在員はどれぐらい暮らしているのだろう?」とふと気になってネットで調べたところ、expatarrivals.comというサイトが見つかりました。また、ブランタイヤという地名がリビングストンの生地からとった名前であることも判明しました。そこで今度はイギリスの地図帳を引っ張り出し、ブランタイヤを探します。見るとグラスゴーの南東部にある地区なのですね。リビングストン博物館がそこにはあることも分かりました。
ブランタイヤの街をネット上の写真で見ると、教会などはイギリスの教会かと思うような雰囲気が出ています。19世紀にスコットランドから大々的な布教活動がなされていたようです。
このような具合に、私の場合、一つのテーマをきっかけにどんどん世界が広がるのは本当に楽しい作業です。これからも色々なきっかけを頂きながら、自律学習を続けたいと思っています。
(2014年8月18日)
「グローバリズムという病」平川克美著、東洋経済新報社、2014年
日本がバブルで浮かれていた頃、よく耳にした言葉に「国際」がある。「国際化」「国際人」「国際的な~」という具合である。大学も「国際学部」「国際関係法学科」「国際○○」といった名称のコースが新設されていた。そして「国際」という言葉とセットになっていたのが「英語」であった。
あれから数十年が経ち、ここ数年はもっぱら「グローバル」という言葉がはやっている。「グローバル化によりグローバル企業をめざすことは必須だ。そのためにもグローバル人材の育成が必要であり、大学もグローバルマインドの学生を排出せねばならない」という具合に上から下へと流れてきている。やはりここでも「グローバル=英語」の図式が見られるように思う。
世界への関心を抱き、広い視点を持つことは大事だ。けれでも誰もがそうした生き方をせねばならないとは私自身思わない。英語の実力をつける「だけ」でグローバル人材になれるとも考えない。けれどもマスコミや世間の考えというのは伝染性がある分、この考えが今や主流になっているように思える。
グローバルな考えがなくても、目の前の仕事を黙々と丁寧に取り組む人はたくさんいる。むしろ今の日本社会はそうした人たちの地道な努力のおかげで成り立っている。一人一人がコツコツと働き、それが尊重される社会があって初めて、底力というものはついてくる。しかし今は与えられた任務よりもグローバル、グローバルと外に目を向けすぎているのではないだろうか。
著者の平川氏は昨今のグローバリズムという考えに警鐘を鳴らしている。グローバルということばに疑問を抱いているのであれば、本書は読みごたえがあると思う。一時の「国際化」のごとく、今のままでは「グローバル化」も流行の一つとして過去に葬られるように私は感じる。インターナショナルの次がグローバルとなれば、数十年後は「ユニバーサル」か、あるいはさらに上の次元の言葉が出てくるように思う。
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