INTERPRETATION

第172回 活用してこそ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日子ども部屋の模様替えをしました。今までのレイアウトでも特に問題はありませんでした。でも何となく動線が取りづらいのと、雑然としていたのが気になっていたのですね。

家具の移動を思い立ったのが、人間ドックに出かける30分前!自分でもなんだかなあと思うのですが、善は急げとばかり、せっせと一人で重い家具を動かし始めました。

まずは巨大本棚から着手です。この本棚を部屋の反対側に移そうと思ったのです。本棚自体が大きくて重いため、中に入っていた本を取り出すことから始めました。片づけの本にも出ていますが、「まずはすべてを取り出して取捨選択する」という方法です。

いやぁ、出してみると出てくる出てくる!奥の方にしわくちゃになった意味不明のプリントやらシールのかけら、プラモデルの米粒大パーツなど、本当に色々と浮上(?)してきました。しかもほこりまみれです。

とにかく子どもたちが帰宅したら要・不要を選んでもらい、残ったものだけを本棚に戻すことにしました。

そしてもうひとつ、思いがけない再会がありました。息子が小学校1年生の時に作成した工作です。

これは本人お気に入りのもので、ありがたいことに市の児童展に学校から出していただいたり、小学生新聞でも掲載されたりしました。本人そして我が家にとって思い出の作品です。

「せっかく皆さんに見ていただいたから」とその当時、わざわざ人形用のプラスチック保管ケースを通販で入手し、その作品を入れておいたのでした。

ところが年月が経つにつれて本棚の上の方へと置かれてしまい、先日の模様替えのとき、ひさしぶりに取り出してみたのですね。

ほこりだらけのケースの中には、隙間からさらに入り込んほこりでうす汚れてしまった作品がありました。何とも痛々しい姿です。

その日の午後。帰宅した息子は「わあ、懐かしい!」と歓声を上げていました。「一生懸命作ったんだよねえ。うーん、捨ててしまうのはもったいないなあ」と言います。そこで私はこう提案しました。

「モノっていうのは使ったり愛でたりしてあげて初めて生きてくると思うの。だからこの作品もケースから出してそのまま棚に飾って、きちんとハタキで時々お掃除してあげようよ」

そのようにして件の作品は再び命を吹き返したのです。

モノは棚の中に押し込んだままだと活用することができません。活用しなければそれは死蔵品になってしまうのです。大切にしまい込んだは良いけれど、そのままほこりだらけにしてしまってはあまりにもそのモノがかわいそうに思えます。

しっかりと使ってあげること。そして使っていること自体を幸せに感じること。

それがモノとの大切な関係だと私は感じています。

(2014年7月21日)

【今週の一冊】

「おかげさまで生きる」矢作直樹著、幻冬舎、2014年

紙版の新聞を読み始めてからずいぶんたつ。今の時代、紙新聞を購読しなくてもインターネットのニュースサイトを覗けば無料で読める。けれども紙の新聞の魅力は何と言っても「思いがけない出会い」があること。誌面下段の広告や、普段なら決して読まない分野の話題などにも接することができるので、私にとっては貴重な情報源だ。

今回ご紹介する本は新聞の広告に出ていたもの。私はあまのじゃく的なところがあり、新刊やベストセラーというものは注目こそすれ、積極的に購入するタイプではない。ただ、世の中がどのような傾向に向かっているのか、人々はどういった価値観を抱いているのかには興味があるので、書店で手に取ることはある。

著者の矢作氏は救急医療の第一線で活躍する現役の医師。幼いころ大事故に遭い、青年になってからも登山中に二度滑落するなど、生死にかかわるような体験をしている。さらに日々の医療現場から命について考え続けており、その思いが本書には綴られている。

やはりどのような立場にあっても、とにかく大切なのは今を一生懸命生きるということ。自分が生かされているということに感謝し、「おかげさま」という気持ちを抱き続けることが大事だと著者は説く。ありのままの状況を受け入れ、おごることなく、卑屈になることなく、ただただ丁寧に歩み続けることなのであろう。

負の感情はなるべく早く「手放す」こと、どこかの時点で世間に「恩返し」することなど、本書には私たちがつい忘れてしまいがちな「基本」が綴られている。

救急医療の現役医師が命や「時間」をどのようにとらえているかを知ることができる一冊であった。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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