第168回 めげずにコミュニケーション
イギリスに暮らしていた当時、日常生活で感心することが色々とありました。道路が広い、公園がたくさんある、生活ペースがゆったりしている、テレビやラジオ番組の質が高かったことなどです。私は留学時代にクラシックコンサートへよく出かけたのですが、座席の値段も日本とは比較にならないほどお手頃でした。開演前1時間の時点でS席が残っていれば、それを1000円ぐらいの学生料金で手に入れられたのです。おかげで世界一流のオーケストラを聴くことができ、それが今では私の財産になっています。
もう一つ、素晴らしいなあと思ったことがあります。それは日常会話の中に見られるちょっとしたユーモアでした。
たとえばお店で店員さんとやり取りする際、ほんの小話ではあるのですが、その中でクスッと笑うようなエピソードが出てきたり、掛け合い漫才のようになったりするのですね。私にとって英語は外国語ですので、そのような状況でどうしたら「間(ま)」をとらえた楽しい会話にするかはなかなかchallengingでした。
たとえばこんな経験があります。大学時代にイギリスへ旅行した時のこと。ふと思い立って北部のヨークシャーに行こうと決めました。地図を見てみるとSettleという街には鉄道駅があり、緑も多く、風光明媚な場所のようです。当時はインターネットがなかったため、私は地図上であたりをつけて旅に出ていたのですね。そこでSettleまでの切符を買うべく、駅に向かいました。
窓口で「Settleまでの往復を一枚ください」と告げると、駅員さんの答えが”Oh, so you want to settle down in Settle?”だったのです。なるほど~、セトルの街と「落ち着く」のsettle downを掛けていたのかあとその時とても感心しました。その後の会話がうまく続かず、英語だけでなくユーモアももっと勉強して、楽しい話にしていきたいなあと思ったものでした。
一方、自分でも「快挙!」と思えた数少ないやりとりがあります。大学院時代、寮の食堂で夕食をとっていたとき、仲間が突然むせてしまいました。ゲホゴホと咳き込むこと数十秒。ようやく落ち着いた時、彼は「あ~、苦しかった!It went down the wrong tube.」と、食べ物が気管支に入った様子を説明してくれました。そこで私がすかさず”Which line?” とツッコミを入れると、皆、大ウケでした。ちょうどイギリスの地下鉄の話をしていたので、「tube=地下鉄、line=路線」となったのですね。
とは言え、私の場合、「とっさの一言」に関してはまだまだ発展途上です。調子の良いときは頭も回転するのですが、そうでないと何とも尻切れトンボの会話になりがちです。私は日本語でもそうした何気ない会話が好きなので、お店の人などとは話をしたい方なのですが、そのような状況に慣れていないスタッフさんだと引かれてしまいます。相手のタイプを見極めることも大事なのですよね。
先日こんなことがありました。いつも楽しく会話をしているおなじみのスタッフさんであるにも関わらず、こちらの頭が全くさえず、妙チキリンなやりとりになってしまったのです。「あ~あ、もう少し気の利いたことを話せれば良かったなあ。あのスタッフさん、忙しい中、私に話しかけてくれたのに・・・」と反省してしまいました。
でもこれにめげず、今後も積極的にコミュニケーションを図ろうと思います。通訳という仕事柄、相手に通じるまであきらめないことも大切ですものね。
(2014年6月16日)
最近は「教養」ということばが一つのキーワードになっている。「グローバル化」という単語と共に、マスコミでもずいぶん見かけるようになった。その教養に必要な物のひとつが古典。時代を経ても読み継がれる古典こそ、私たちが読むべきものだと専門家たちは口をそろえる。私も同感だ。
古典のすばらしいところは、いかに生きるべきかが端的に述べられている点である。ギリシャ古典やヨーロッパ、日本の名作などを読んでみると、今流行しているビジネス書の大元はすべて古典から来ていることがわかる。すぐに読めるベストセラーのビジネス書は確かに手頃ではあるけれど、その一方で本来の古典がどれも1000円以下で、世の中の考えの源泉であることを考えると、やはり古典を読むべきだと私は感じる。
ヒルティの「幸福論」を知ったきっかけは、敬愛する神谷美恵子先生の著作を通してである。目次をめくると「仕事の上手な仕方」「良い習慣」「時間のつくり方」など、今の時代にもあてはまる項目が目に飛び込んでくる。
中でも興味深かったのが「朝一番で新聞を読んではならない」という考え。なぜかと言うと、朝というのは頭が冴えている時間であり、仕事を進めるには貴重な時間帯だ。それを世間のあれこれといった話題を吸収する時間にしてしまってはもったいないというのである。確かにその通りと思う。
仕事が大量にあっても淡々と取り組む。逡巡したり言い訳を考えたりする時間に費やすのでなく、とにかく着手する。そうした基本的なあり方が随所に述べられている本書から私たちが学べることは多い。
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