INTERPRETATION

第678回 それでも無料は続いている

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

久しく利用していなかった隣町のコインパーキング。入庫ゲートでふと目をやると張り紙が。読むと「最大料金終了のお知らせ」と書かれています。その駐車場はそれまで24時間の最大料金が設定されていたのです。「ええっ?これからは長時間駐車したら限りなく料金アップ?」と思わず声を上げてしまいました。

一方、同じく数カ月ぶりに利用したスーパー。レジには張り紙があり、「レジ袋料金改定」と出ていました。それまで一桁台だったレジ袋。昨年秋から二桁台価格になっていました。「ええっ?この薄くてすぐ破れるレジ袋が11円?」と目を丸くしてしまいました。

このような具合で今や至るところが値上げラッシュ。世界を見渡せば終わらない紛争に関税問題など先が読めなくなっています。それゆえの価格高騰なのでしょう。

「うーん、自営業者にとって値上げは辛いわあ。交通費も上がっているし、打ち合わせで使うカフェも値上げラッシュ。その一方でフリーランスのベースアップは厳しいのよねえ」・・・ついため息が出そうになります。

それでも私は、「まだまだ無料のものが日本にはある!」と感謝したくなるのです。

たとえば街頭で配っているポケットティッシュ。昔イギリスに暮らしていた頃、私は花粉症に見舞われていました。現地ではポケットティッシュの無料配布などありませんので、もちろん自分で購入。ところが日本のようなソフトな紙触りのものは無く、ペーパーナプキン並みのバリバリの固さ。もれなく鼻まわりが悲鳴を上げました。だからこそ帰国後の日本で急遽ティッシュが必要になった際、運よく街頭ティッシュに巡り合えると本当にありがたく思えたのです。

他にも無料品、日本にはあります。コンビニや飲食店なら、割りばしやプラスチックスプーン、ストローを始め、紙ナプキンや紙おしぼり、砂糖やコーヒーミルクなどが無料!しかも大量に積まれていますよね。心無い人がゴッソリ取って行ってもおかしくないのに、皆お行儀よく必要分だけ手にしています。一方、スーパーのサッカ台には無料のポリ袋にレシピカードやレシピ冊子もあります。ホテルに行けばアメニティは無料、場所によっては無料のコーヒーや新聞がロビーに置かれています。もちろん、元の料金やサービス料にそれらが含まれているからなのでしょうけれども、やはり私など「無料ってすごいなあ」と思ってしまうのです。

では労働時間はどうでしょうか?随分前のこと、コンサルティング会社に勤めていた友人が興味深い話を聞かせてくれました。彼女の会社では電話でコンサルティングを行う際、10分刻みで料金が発生するのだそうです。よって、単なる業務連絡でクライアントさんから電話がかかってきたとしても、話の流れでコンサル業務になりかけた場合、その時点で「ここからコンサル料金が10分単位で発生しますよ」と通知するとのことでした。無料と有料の線引きがなされているのです。

ちなみに通訳業界の料金体系は、全日・半日およびオーバータイムで単価が決まっています。契約時間から延長しそうな場合、数分であれば続けますが、数時間も伸びそうな場合はクライアントさんからエージェントに一旦連絡をしていただく形になります。勝手に通訳者の方で延長してしまえば、契約内容と異なることになるからです。

では通訳者による「無料奉仕」はゼロでしょうか?そんなことはありません。むしろ逆です。通訳業務の料金体系は「拘束時間」という形から成り立っていますが、通訳者誰もが、依頼を受けた時点から猛勉強を始めます。難しい専門会議であればあるほど、必要な予習時間は莫大になります。本番当日までは寝ても覚めてもそのトピックの事を考え、単語リストを作り、関連動画を視聴し、参考文献を自力で入手して(もちろん自腹)読み進めます。そうした行為すべてに費やす時間と金額を逐一記録して、当日のギャラと比較したら時給はかな~~り目減りするはず。計算してみたことはありますかって?もちろん怖くて計算していません(笑)!

大谷翔平選手の年俸の高さが一時期話題になりましたよね。それこそ「時給40万円」などと算出しているサイトもあります。でも、あのレベルに至るまでの大谷選手の努力、そして今現在の節制と向上心を考えたら納得の年俸だと私は思っています。

そう考えれば考えるほど、日本で今なお続くポケットティッシュ街頭配布がますますありがたくなってしまいます(笑)。

(2025年4月15日)

【今週の一冊】

“The Active Workday Advantage” Lizzie Williamson著、Major Street Publishing, 2024年

私は長年、地元のスポーツクラブの会員でした。週に数回、せっせと通ってスタジオレッスンを堪能していたのですね。でもレッスンスケジュールの改編や私の日程などにより参加がしづらくなり、次第に足が遠のくように。そのような中、偶然にも動画サイトで見つけたのが今回ご紹介する本の著者Lizzie Williamsonさんです。

彼女の動画の特徴はすべて「2分エクササイズ」というもの。わずか2分でも体を動かせばスッキリします。画面からにじみ出てくる彼女のお人柄は朗らかでいつも笑顔。すっかり魅了されました。しかし、そうした明るさの過去には彼女自身の「産後うつ」体験があったのです。どうにもならないぐらい気持ちが落ち込んでいる中、たった2分間、体を動かしたところ気持ちが上がったのだそう。それを機に”Two minute exercise”を考案し動画サイトにアップしました。やがて注目を集めるようになり、TEDスピーカーにも抜擢されています。私自身、Lizzieさんのエクササイズにとても励まされたのでHP経由でお礼の英語メールをお送りしたところ、本人からすぐにお返事が!大感激しましたね。「英語をやっていて良かった」と心の底から思いました。

本書はわかりやすいシンプルな英語で書かれており、エクササイズの効用や具体的な動きなどが満載。中でも興味深かったのがmicro movesという小さな動き。たとえ心拍数が上がらなくても、少し体を動かすことこそ大事とLizzieさんは説きます。体を動かすことはスタミナをつけるだけでなく、ウェルビーイングにも人生にも好転作用をもたらしてくれるのです。

巻末には参考文献や学術論文の紹介も実に豊富。実用書としてもアカデミックな文献としても頼りになる一冊です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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