INTERPRETATION

第677回 通訳者あるある

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

今回のタイトルに出てくる「通訳者あるある」。最近のことばとしておなじみの読者であれば、活字を見ただけで「あるある」を平たんに読んでおられることでしょう。「よくあるケースよね」という意味で使う際、抑揚を付けずに読みます。でもたとえば会話で、

Aさん: 「スマホが見つからない!」

Bさん: 「あるある!ここに、ホラ、棚の上」

となれば、「あ」が強く読まれます。同じ標記なのにアクセント違い。ことばの奥深さを感じます。

というわけで、本日は通訳者がよく遭遇する出来事をいくつかお話いたします。

*「お知らせの後は・・・何だっけ?」
CNNでは番組の途中にCMが入ります。その直前、キャスターがお知らせの後のトピックを紹介するのですが、自分で同時通訳しながらいざCMに入ってマイクをオフにしたとたん、「・・・で、この後どのニュースが出てくるんだっけ?」となる始末。わずか数秒前に自分でしっかり口にした言葉や文章がごっそり脳内から抜け落ちているのです。それこそ「舌の根も乾かないうちに」という気分です。でも、他の放送通訳者も同様の経験をみなさんされているので、私だけではないゆえに一安心(安心してどーする?)。

*密かに気になるボリュームつまみ
同時通訳というのは一言も聞き漏らせないため、かなりの集中力を求められます。そのため、オフの時間に音楽を聴くような感覚でのイヤホン(ヘッドホン)ボリュームでは立ち行かないのですね。普段私の通勤時のイヤホンボリュームは小さめですが、同通現場ではつまみを結構上げることになります。ただ、近年自分でも気になるのは、この音量が増えているのではということ。加齢に加えて仕事柄耳を酷使してきたがゆえに、ひょっとして聴力が下がっているのではと心配になるのです。ちなみにCNNスタジオや会議現場のボリュームつまみは回転式。昔の私は時計の針で言うところの「9時」あたりの目盛が適切でした。でもここ最近は「10時ぐらい」の位置が増えています。「他の通訳者さんはどれぐらいかしら?」と気になり、隣の席にこっそり目をやることも。同じぐらいだと安心します。

*侮るなかれ、スライド
近年は事前にデータでプレゼンスライドを配布していただけるようになり、自宅で準備がしやすくなりました。私はデビュー直後、「資料は一切ありません」と言われておきながら会場に到着するや、机の上に「お待ちしておりました」と言わんばかりの大量の資料に出迎えられたツライ経験があるのです。よって、とにかく早い資料配布は本当に助かるのですね。でも、スライドも長所短所あります。マイナス点としては、登壇者が直前まで修正する可能性があること。しっかり私の方で準備して会場入りするや、スライド文言修正や差し替えは珍しくありません。某ファミレス間違い探し並みの新旧照合作業が始まります。

*細かい部分はスキップ?
以前担当した国際会議。大量の資料が事前に届いたのですが、ファイルを開けてみるとA4横書きでびっしり。学術論文のような感じで欄外脚注もあります。「欄外の出典元や小さな文字はさすがに言及しないはず」とのんびり構えて目を通さなかったところ、ハイ、当日はしっかりそこも触れておられました。悔やんでも後の祭り。以来、スライド上の活字はすべて目を通すことを肝に銘じています。

*早口トレーニング
某セミナーでは登壇者が複数おられ、持ち時間は一人15分。これに対してスライドは数十枚。その専門家は話し始めるや、近年まれにみる早口でいらっしゃいました。こちらもついていくのに必死です。大きく口を開けて通訳してしまうと「口の開閉面積」ゆえに時間がかかります。そうなると、なるべく口の上下左右運動を少なくするしかありません。早口トレーニングとしては黒柳徹子さんや古舘伊知郎さんのトークをシャドーイングするのも一案。あ、NHKラジオ第2放送で夕方に聞ける株式市況や大相撲中継も早口でしたね。

*なぜかバッティング
コロナの頃は仕事が減って大変だったこの業界。なのになぜか近年は繁忙期以外も会議の案件が増えています。先日あった我が体験としては、「かなり自分でも未知の分野を引き受けて猛勉強を開始→数日後に別エージェントから連絡があり、同じ日時で私の得意分野の会議案件を依頼される」というケース。この業界(いえ、どの業界もそうですが)はfirst come first servedが鉄則ですので、どれだけ「オイシイ」内容が後から来ても、そちらに走ることはできません。仕事というのは信頼ベースだからです。「ああ、とても好きで得意分野ではあるけれど、泣く泣くお断りかあ・・・」となったのでした。

以上、「通訳者あるある」をご紹介しました。でも、この仕事というのはご縁で成り立つ世界。新しいテーマの通訳はワクワクしますし、長く続けていればまた得意分野の案件は来るもの。そう思いながら私は取り組んでいます。

(2025年4月8日)

【今週の一冊】

「カっちゃんカがつく たべものカタカナあいうえお」さいとうしのぶ作、みねよう原案、リーブル発行、2024年

「コトバばかりの仕事をしているのであれば、絵を見るのも脳には大事。」

脳の専門家の方にこう言われたことがあります。言語をつかさどる左脳ばかり使うとバランスが崩れてしまうのですね。美しいものを見る、おいしいものを食べるなど、右脳を積極的に活用して均衡を保つこともwellbeingにつながります。

今回ご紹介するのは先週に続いて絵本。今から20年ほど前、前作の「あっちゃんあがつく」というたべもの絵本が出版されました。当時幼かった我が家の子どもたちには大人気でよく読み聞かせをしましたね。ただ、何しろ50音順なので、読む方の親は途中で寝落ちというのがいつものパターンでした!

最新刊もテーマは食べ物。ただしカタカナで始まる食べ物がメインです。まずは冒頭の「ア」を見てみると、「アっちゃん アがつく あつあつアップルパイ」とあります。右ページにはおいしそうなアップルパイが描かれ、よく見るとアーモンドもあります。一方、左ページには「ア」の付くアイテムが。アロハシャツにアイロンが出ているのですね。このような具合で濁音・破裂音もあります。絵柄が可愛いのはもちろんのこと、間違い探しのように目を皿にして見つける楽しさもあります。

ちなみに私はスコーンが大好き。「ス」をめくったところ、「スっちゃん スがつく すやすやスイートポテト」でした。ああ、残念・・・とよーく見たらスコーンが後ろに描かれていました。嬉しい!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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