第156回 「仕事ですから」
放送通訳の現場では様々な作業を「同時進行」で行います。ブース内には現在放送中の映像が目の前のテレビ画面で流れており、その隣にはデスクトップのパソコンがあります。私はブースに入る際、電子辞書、当日の新聞、メモ用紙と筆記具、そしてニュースに出てきそうな資料を持ち込みます。
ニュースの同時通訳の場合、どの話題が飛び出すかは当日になるまで分かりません。そのため、最大の予習方法はその日のニュースを事前にチェックすることと、背景知識をおさえておくこと。それでも自分の知らない分野が飛び出すことは頻繁にあります。その際には画面を見て通訳しつつ、大急ぎで不明単語を電子辞書で引き、さらにインターネットで調べる、という作業を短時間のうちに行います。ニュースレポートの場合、1本当たりが2分弱の長さですので、レポートが終わる前に滑り込みセーフで訳語を盛り込むということが少なくありません。
このような話をすると「ええっ!?英語を耳で聴きながら口からは日本語が出ていて、手でキーボードを叩いて画面を黙読して、それで訳語を言うの?」と驚かれます。同時進行でこの作業を数分内に行うことにびっくりされるのですね。
確かに私自身、一朝一夕でそうしたことができるようになったのではありません。何度も何度も通訳現場で誤訳を口にし、失敗に後悔し、自分の勉強不足を恥じるということを経てきたのです。誤りを誤りと素直に認め、二度と繰り返さないためにどうすべきかを考えた末、苦し紛れに実践するようになった方法とも言えます。
そうは言ったものの、この「同時進行作業」が嫌いなのではありません。むしろ「よ~し、何とか時間内に調べ上げる!」という発奮材料になっています。放送通訳という仕事が好きだからこそ、あきらめずにがんばりたい。そのような思いに基づいているのだと思います。
先日、家族でスキー旅行に出かけました。週末だったこともあり、ホテルは家族連れで大にぎわいです。夕食はバイキング方式で、大広間の中を大人も子どももお皿を持って行き交っていました。ホールスタッフの方たちは、テーブルの空いたお皿を素早く片付けていきます。
わが家のテーブルを担当した方は、キビキビとにこやかでした。何度もお皿を下げに来てくださったので、恐縮のあまり「たくさんあって大変でしょう」と私は声をかけました。すると「いえ、仕事ですから」と実に嬉しそうな表情でおっしゃったのです。
きっとこのスタッフの方は自分の仕事を心から大切に思っているのでしょうね。だからこそ、笑顔があり、絶妙のタイミングのサービスになったのだと思います。
サービスと言えばもうひとつ。数週間前に車を車検に出しました。首都圏を襲った大雪がようやく溶けたころでした。整備士の方に伺ったところ、大雪当日も点検などで車を持ち込んだお客様がいらしたとのこと。当日の業務は、社屋前の雪かきから始めたのだそうです。さらに尋ねたところ、暑さ寒さは作業場の空調がある程度効いているので良いものの、北風や黄砂、花粉やPM2.5などが実は大変であることが分かりました。
そのような中、私たち利用者が安全に車に乗れるよう、作業に携わってくださっているのですよね。自分の仕事を大切に思い、お客様のためにどうあるべきかを改めて私は学んだように思います。
(2014年3月17日)
「ふるさと人物小事典 新潟が生んだ100人」川崎久一著、新潟日報事業社、2009年
独身時代は旅行や出張で色々なところに出かけていたが、子どもたちが生まれてからはそうした長旅も少なくなった。飛行機や新幹線に乗るのも年に数回だ。それだけに、日常生活から物理的に離れた場所に行くだけで、私はいつもワクワクする。
旅先で必ず手に入れるものの一つに、地元の新聞がある。先日新潟へ家族スキーに出かけたのだが、ホテルにチェックインの際、真っ先にお願いしたのが「地元の新聞を入れてください」ということだった。翌朝、部屋の扉を開けると「新潟日報」という新聞が置かれていた。
初めて目にする新聞で最初に注目するのは新聞名の題字だ。新潟日報の場合、題字の下に小さな文字で「題字 會津八一」とある。恥ずかしながら會津八一が誰かわからず、持参した電子辞書でようやくわかった。1881年に新潟で生まれた歌人であり書家、美術史家と書かれていた。
帰路、最寄りの新幹線駅に書店があったので立ち寄った。向かったのは郷土本コーナー。旅先で郷土本をチェックするのも私にとっての楽しみだ。棚を眺め始めて目に飛び込んできたのが、今回ご紹介する書籍である。
本書には會津八一はもちろんのこと、新潟が生んだ偉人100人が取り上げられている。目次を見ると、良寛、坂口安吾、前島密、大倉喜八郎など、日本史の教科書でもなじみのある名前が出ている。とりわけ印象的だったのは、交通の便が悪かった時代にも関わらず、懸命に勉学に励み、英語を習得した人が少なくなかった点である。
地元の出版社から出た本は、その土地ならではの視点がある。東京とは異なる物の見方ができるのも、こうした書籍の良さだと思う。
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