INTERPRETATION

第671回 そして本に救われる

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

最近の私はというと、1月に大学の授業が終わって一段落。成績評価、次年度のシラバス入力も完了しました。「100冊読破」計画も何とか継続中。ここ数週間、早く目が覚めるようになったおかげで、読書時間はもっぱら起床後です。

先日、手に取ったのは「米軍式 人を動かすマネジメント」(田中靖浩著、日経BPマーケティング、2016年)。

第二次トランプ政権が誕生したのを機に、アメリカ軍の組織やあり方について興味がわいたため、図書館で借りたのでした。「軍のトップ・最高司令官=大統領」というのがアメリカですよね。

本書で気になったのが「行動経済学」という用語でした。消費者がどのようなマインドで行動するかをおさえ、それをマーケティングなど経済分野で応用するという学問だそうです。教育機関における学習者も「授業の消費者」ですので、行動経済学は教育現場にも応用できそうですよね。もっと調べたくなりました。

この「行動経済学」というキーワードに遭遇し、いつも通り朝食をとった後、ちょっとしたハプニングが発生。午前早々から気持ちがモヤモヤしてしまいました。うーん、困りました。朝読書も終えて意気揚々と一日を始めようとした途端だったからです。そこであえて「なぜモヤモヤするか?」をノートに書いてみました。

すると出てくる出てくる!細かいモヤモヤを全部書き出したら、あっという間に1ページが文字でびっしり。そこで今度は赤ペンを出して、それぞれにツッコミを書いてみたのです。反論もOK、自分の頑張りを称えるのも大歓迎。そのようにしていたら当初のモヤモヤを客観的に捉えることができ、心が落ち着いたのでした。

せっかく気持ちも冷静になったので、それではと自転車で近所を散策することに。外の空気を吸い、太陽を浴び、ペダルを漕いでいたら気分はさらにスッキリしてきました。

すると、前から気になっていたカフェを発見。ところが満席だったのです。残念!

再び自転車に乗ったところ、すぐ近くに別のカフェがありました。寒かったこともあり入ってみると、女性スタッフさんが穏やかな笑顔で歓迎して下さり、もうそれだけでホッとしましたね。先客も一人だけ。準・貸し切り状態でした。

ケーキセットを頼み、ふと見渡すと、店内閲覧用の書籍がラックに展示されていました。近づいて真っ先に目に入ってきたのが、そう、今朝遭遇した「行動経済学」の本でした!行動経済学自体、ニッチな言葉だと思うのですが、その本と出合えたのです。読み始めると実に興味深く、私は時間も忘れて読みふけりました。気が付いたら2時間近く経っていました。とても充実した内容でした。

もし朝食後にモヤモヤ事件がなければ私は外出しなかったでしょう。もし最初のカフェで座席が空いていたら私は2番目のカフェに入ることも無かったでしょう。立ち上がってラックを眺めなければ、この本には巡り合えなかったのです。

そう考えると、しんどいエピソードも次の幸せにつながるのかもしれませんね。またもや本に救われたのでした。

(2025年2月25日)

【今週の一冊】

「国会話法の正体 政界に巣くう怪しいレトリック」藤井青銅著、柏書房、2022年

某民放局の問題が浮上した今から数週間前。2度目の会見は夕方から真夜中過ぎまでという異例の長さでした。こうした会見では幹部が舞台上で全員頭を下げて数秒間静止、聞こえてくるのは大量のカメラフラッシュ音。日本ではおなじみの光景です。

2013年の映画「謝罪の王様」は、「日本の謝罪の独自性」がテーマでした。宮藤官九郎氏が脚本を手掛けた痛快コメディです。頭の下げ方、静止すべき秒数、土下座のことなどが取り上げられています。私など、「この映画を機に企業の不祥事が無くなり、謝罪会見も減れば良いのに」と思いました。でもあまり変わっていないのですよね(ちなみにこの映画の中ほどで放送通訳者が出てきます。その音声を私は担当させていただきました。余談です)。

さて、今回ご紹介する一冊は国会で使われている独自の「話法」について。「あってはならないこと」「遺憾である」などの構文を著者が分析しています。たとえば「記憶にございません」は以下のようにとらえられます:

「記憶」=すり替えテク、漢語テク(漢語を用いてもったいぶる)
「ございません」=丁寧作用で別人格を演出、否定確保

そしてこのフレーズを使う議員の本音を藤井氏はこう翻訳しています:

「潔白だったら言うに決まってるだろ。憶えてるか忘れたか、どうせ私の頭の中は誰にもわかりっこない」(p24)

思わず笑ってしまいました。

ところで2月上旬の石破総理とトランプ大統領の会談。記者会見で関税について問われた総理は「仮定の質問にはお答えしかねます、というのが、日本のだいたいの定番の国会答弁でございます」と当意即妙に発言。会場は爆笑となりました(同時通訳者の皆さんは大変だったと思います、ホント)。

この「お答えしかねます」発言にも藤井氏は言及(p55)。「仮定の話」と限定化し、「お答えできない」という強い拒否をしていると分析しています。一見、根拠らしいものを掲げて自分に都合よく質問を選り分けて回答を拒否している、というわけです。つまり、この文章のホンネは「だから、答えないって!」となる、と藤井氏は綴ります。

巻末で藤井氏は、国会中継をスポーツ中継のようにしたら面白いのではと提言しています。名付けて「SHOW UP国会中継」!バーチャルの進行台本、本当に笑えました。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者、獨協大学および通訳スクール講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2024年米大統領選では大統領討論会、トランプ氏勝利宣言、ハリス氏敗北宣言、トランプ大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラム執筆にも従事。

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