第668回 3割5分
通訳者にとっての鬼門、色々あります。たとえば固有名詞。同時通訳の最中に未知の人名や地名が出てくると焦ります。数週間前に発生したアメリカ西海岸での山火事ニュース。現地の街の名前がたくさん出てきました。私の場合、イギリス暮らしが合計10年近かったため、英国地名はなじみがあります。でもアメリカについては知らないこと多し。一方、人名も然りで、米国人の場合は移民の子孫も多く、難しい発音となります。なかなか聞き取りにくいのです。
他にも英語の場合、聖書やギリシャ神話、シェイクスピア由来の表現が多数。よって、「もとの知識」を知らないと苦戦します。さらに同通で焦るのが「数字」。Sixteenなのかsixtyなのか、発音が似ていて聞き漏れが生じることもあるのです。
さて、今回タイトルに掲げている「3割5分」も数字。野球好きの方であれば、これを「さんわり・ごぶ」と読まれることでしょう。数字だけで表すと「0.35」となり、英語では”a batting average of .35 (読み方はpoint three five)”です。
一方、今日のコラムの話題は「打率」ではありません。「3割5分」も私の造語で、読み方は「さんわり・ごふん」。仕事や作業の進め方に関する内容です。
数か月前のこと。精神科医・樺澤紫苑さんの本に興味深い記述を見つけました。「原稿執筆であれ勉強であれ、最初から完璧をめざすとプレッシャーがかかってしまう。だから、ゴール設定は7割の出来で良い」というものでした。
私はこれを読み、とても励まされたのですね。と言いますのも、苦手な分野であればあるほど、「正しい方法」や「できる限りきちんとやりたい」という思いが浮上してしまい、着手がますます難しくなるからです。
たとえば私のニガテ項目の一つに「窓ふき」があります。ガラスだけでなく、サッシの部分枠など、綺麗にしたい部分は複数。日ごろからこまめにお掃除していれば良いのでしょう。でも、ついつい後回しにしてしまう。それでますます汚れがひどくなるのです。
重い腰を上げていざ掃除をしようにも、どこから始めて良いかわかりませんので、まずはネットで検索。すると出てくる出てくる!正しい窓の拭き方ページがヒットします。「簡単」「スグできる」など書かれていても、そもそも不得手な私にとっては、ため息レベルなのです。
なぜなのでしょうか?それはひとえに「HPに書かれている内容を踏襲せねば」という圧力を感じてしまうからです。確かにこのプレッシャーは私が勝手に自ら課しているにすぎないのですが、無意識にそうしてしまうのですよね。
そこで考え付いたのが、先の「3割5分」。めざす完成度を樺澤氏の「7割」からグーンと下げて「3割」とします。ただし、「5分」の間は精一杯動く、とするのです。窓ふきの場合、5分で掃除できる範囲には限りがあるでしょう。でも何もしないよりは明らかに進歩します。
この「3割5分」を私は家事や勉強にあてはめるようになりました。とりあえず「5分間」がんばってみる。それでなんとかかんとか「3割」仕上がれば良い、という具合。まずは着手して3割済めば、そこでいったん終了するも良し。勢いに乗ってそこからさらに進めるのももちろん大歓迎。とにかく少しでも進捗していれば、そこから続けやすく思えてくるのですよね。
というわけで、ハードルをまずは下げてみる。すべてはそこからスタートです。
(2025年2月4日)
【今週の一冊】
「牛乳さえあれば ふわふわホイップもクリームチーズも。かんたんおいしいスイーツ55」小松友子(Bonちゃん先生)著、イカロス出版、2023年
書籍との出会い。私の場合、意外な所にあります。たとえば新聞広告。私は紙の新聞をこよなく愛しており、旅先でもローカル新聞を必ず入手するほど。ニュース記事以上に広告を眺めるのが楽しいのですね。普段、宅配購読している読売新聞でも、紙面下の書籍・雑誌広告には必ず目を通すようにしています。
ちなみにそれがきっかけとなり、何と数十年前の友人と再びつながるという嬉しい出来事が最近ありました。媒体は某専門雑誌最新号の広告。ただ、買う機会を逸したため、図書館のバックナンバーで借りたのでした。めくっていたところ、書籍紹介コーナーに件の友人の名前を発見!本当にびっくりしました。そこで検索したところ、現在の所属先が見つかったため、「お問い合わせフォーム」からメール。無事、久しぶりにつながったのです。人生、面白いですよね。
さて、今回ご紹介する書籍「牛乳さえあれば」を知ったのは、ジェラート店。購入時にレジ前で並んでいたところ、隣のラックに酪農関連のフリーペーパーがあり、頂いたのでした。そこに紹介されていたのです。
本書はオールカラーのレシピ本。タイトル通り牛乳「さえ」あれば様々なスイーツが作れるという、実に「おいしい」一冊です。たとえばホイップクリームと言えば、生クリームを連想しますよね。でも、牛乳と粉ゼラチン、水と砂糖があれば簡単にできるとのこと。試さない手はありません。
ところで私が今回一番注目したこと。それは出版社です。そう、あの季刊誌「通訳翻訳ジャーナル」で有名なイカロス出版がこちらを出しています。私は本誌がまだ「外語スペシャリスト」という誌名のころからの愛読者。コラム執筆でもお世話になっています。その出版社がこうして日本の酪農促進のためのレシピ本を出しているというのも嬉しい再発見でした。
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