第155回 ことばを大切にする会社
先日、ある媒体に寄稿しました。その校正原稿が送られてきたのですが、封筒やカバーレターを見て、その編集者の方およびその出版社の哲学を感じ取ることができました。
今の時代、仕事のやりとりはほとんどがメールですよね。今回の私の執筆もそうでした。編集者Aさんは、ある方の紹介で私に連絡を下さり、執筆の依頼をしてくださったのです。電話を特に使わなくてもメールだけで仕事が成立する。これも時代の流れなのかと思います。
近年は校正もPDFファイルをメールに添付して「○月○日まで校正をお願いします」というパターンがほとんどです。しかし今回は異なっていました。
Aさんは、校正すべき原稿をわざわざ速達で送ってくださったのです。宅配便が主流となる中、速達というのも私にとっては嬉しかったですね。なぜならわが家は不在のことが多いので、ポストにそのまま投函してあった方が着実に早く受け取れるからです。宅配便の場合、その日の再配達受付時間を過ぎてしまえば当日中に受け取ることができません。
さて、Aさんからの速達は1階のマンション入口にあるポストではなく、わが家の玄関の新聞受けに入っていました。封筒を見ると、きちんと「柴原早苗先生」と丁寧な字で記されています。
そういえば「先生」で思い出すことがあります。以前、ある先生と話をした時のこと。「メールでは○○先生と書いてくれるのに、なぜか封筒のあて名は○○様になっているのよね」とおっしゃっていたのです。確かにそういった傾向が増えているように私も感じます。
話を封筒に戻しましょう。Aさんの会社の封筒には日付欄があります。Aさんはそこにもきちんと書き込んでいました。さらに社名の下にご自分の名前を手書きで添えています。最近は名前のハンコを押すケースが増えている一方で、手書きのフルネームというのは印象的でした。さらに、封を開けようと裏返すと「〆マーク」も書かれています。きっとAさんは日ごろからお手紙を書いていらっしゃるのだろうなと想像します。
開封してみると、カバーレターと校正用原稿が入っていました。カバーレターの本文はワープロ印字でしたが、冒頭の私のあて名は手書き、さらに一番下にはAさんご本人が直筆でサインをなさっており、「よろしくお願いいたします」との一文もありました。
さらに本文をよく見ると、「小誌」「小社」がかすかに小さなフォントになっていたのです。謙遜の気持ちがここにも表れていたのですね。わずか1枚のカバーレターに私は大いに感激しました。
おそらくAさんを始め、この出版社さん自体がことばを心から大切にしていらっしゃるのだと思います。語学に携わる者として、このような素晴らしい会社の書籍を意識して購入し、応援し続けたいと思っています。
(2014年3月10日)
「札幌農学校と英語教育 英学史研究の視点から」外山敏雄著、思文閣出版、1992年
昨今の日本の出版界はめまぐるしい速さで動いている。ついこの間ベストセラーだったと思いきや、いつの間にか店頭から姿を消してしまう。新しい本はどんどん出版され、ここ数年は新書ブーム。価格も800円ほどなので、雑誌を買う感覚なのだろう。そして定期刊行物と同じく、一回読み倒したらおしまい。そんな付き合いになっていると思う。
その一方で良書が次々と消えていく。それもひっそりと。学生時代に誰もが持っていたタイトルをこのあいだ目録で調べたところ、絶版になっていた。まじめな内容のものほどそうした運命にある。今回ご紹介するのも、そんな一冊。今は古書でのみ手に入る。
本書は現在の北海道大学の前身、札幌農学校における英語教育を学術的に記したものである。北大と言えば、クラーク博士のBoys be ambitiousが有名だが、具体的な英語の指導はどうだったのか。そんな素朴な問いがきっかけで私は買い求めた。そしてもう一つの理由。それはThe Japan Timesの創刊に携わった武信由太郎先生について調べるためでもあった。
武信先生は鳥取出身。私は結婚以来、帰省もかねて毎年鳥取を訪ねている。一都46県の中ではどちらかと言えば目立たない方であろう。しかし、鳥取の美しい自然と人々に魅了され、私は大いに気に入っている。結婚していなければ未だかつて訪れないままだったかもしれない。
札幌農学校の創設は明治が開けたころである。まだ英語など珍しい中、武信先生は札幌農学校へと進む。授業はお雇い外国人教師により英語で行われる。学生たちはシェイクスピアやミルトン、ディケンズなどの文学を読み、暗唱する。日本の未来を担う者は演説に長けていなければならない。教師たちは日本人学生に抑揚まで細かく指導し、学生たちはひたすら暗記したのである。
辞書などろくにない時代に、限られた素材を徹底的に吸収していった学生たちの努力は、今の私たちからは想像できないレベルであろう。同じくここで学んだ内村鑑三も新渡戸稲造も、実にすばらしい英文を残している。日本の将来を思い、国を背負って勉学に励んだのである。
そうした古の偉人たちの足跡をたどると、「どの英語教材が良いか」「一日何時間勉強するべきか」「英語の資格試験で何点をとれば良いか」といったことがとても薄っぺらく思えてしまう。歴史に学び、自らを省みる必要性を痛感した。
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