INTERPRETATION

第666回 5分・5秒

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

お正月からすでに数週間が経ちましたね。昨年末から新春にかけて、最長で9連休という方もいらしたのではないでしょうか?日本の祝日の数は世界最多と言われています。ハッピーマンデーが誕生したのも、土日月曜で3連休にするのが目的。確かに「休み」にはなりましたが、私個人としては、もっと平時に休みを取りやすくした方が良いのではと感じます。

と言いますのも、「世の中が大型連休=誰もが出かける=大混雑」となるのは必須。どこに行けども人混みというのは疲れてしまいます。私のように混雑が大の苦手な者にとって、これは苦痛です。ゆえに私はフリーランス通訳者になってから、「人が働いている時に休み、人が休んでいる時に働く」を信条にしてきました。快適です。

ところでこうした連休、なぜ疲れるのか調べたところ、興味深い記事を発見しました。
https://president.jp/articles/-/80830

連休というのは活動が多くなりすぎますし、テレビやネットを見ても行楽地の様子ばかりでそれが圧迫感をもたらします。飲んだり食べたりで体調はおかしくなるし、「親しい人との過剰接触」もストレス。単身者であれば周りが家族・カップルだらけで孤独感を強めてしまうでしょう。連休明けに気分がうつうつしてしまうのもわかります。

さて、そうしたモヤモヤした気分をどう払拭したら良いでしょうか?

その答えとして私は最近「5分・5秒」を合言葉にしています。ちなみに似たような分数秒数を掲げる「4分33秒」という曲がありますよね。これはアメリカのジョン・ケージが1952年に作曲した作品。この特徴は「4分33秒間、何の音も発しない」というものです。舞台上にフルオーケストラと指揮者はいますが、音が一切奏でられないのです。何もしない4分33秒、ということになります。

あらら、クラシック好きなので、話がついそれました。私が掲げる「5分・5秒」はその正反対。目の前に「やること」が発生した際、「5分ないし5秒でできるのなら即着手!」というものです。

たとえば窓の汚れ。「ん?何かホコリが付いてる」と思ったら、すぐにティッシュで拭く。5秒もかかりません。「肩が凝っているなあ」と感じたら、5秒だけ肩を回してみる。「英語の音読、最近さぼってるかも」なら、タイマーを5分かけて英文音読です。

ポイントは「とにかく完璧を求めないこと」。これに尽きます。「きちんと」「正しいやり方」を考え始めてしまうと、動けなくなってしまうからです。先の窓の汚れなど、ネットで「正しい窓の拭き方」を調べたら、やれ、あの道具この洗剤など揃えるモノがたくさん。これでは重い腰があがりません。音読も同様。「どの教材が良いか?」「発音確認アプリでチェックすべき?」「記録をつける?エクセルに?紙ノートに?」などと思えば思うほど、やる気が失せてしまいますよね。

女優の志穂美悦子さんも「5秒ルール」を定めておられるそうです。「良いなと感じても5秒経てば考えすぎて行動に移せなくなってしまう。だからまずは直感で動く」とインタビューで述べていました(https://www.yomiuri.co.jp/life/20241222-OYT8T50026/)。

人生は有限!今年、私は「5分・5秒」ルールで時間を大切にしたいと思っています。「自分は動いた!→達成感→自己肯定感アップ」です。あ、でもさすがにこの原稿、5分では書けませんが。

(2025年1月21日)

【今週の一冊】

「日本の会社員はなぜ『やる気』を失ったのか」渋谷和宏著、平凡社新書、2023年

本書で注目していただきたいのが「帯」の部分。「あなたのせいじゃない」と大きく書かれています。本書における著者・渋谷氏の一貫したメッセージです。やる気が失われてしまったのは、働くみなさんのせいではない、ということ。つい「自分の頑張り不足では?」と自己反省して追い詰めてしまう昨今ですが、本書を読むと、そうではないことがわかります。

ではなぜ日本の社員はモチベーションが低くなったのか?ページをめくると日本経済の変遷や組織の観点などから、それがわかりやすく解説されています。中でも私自身、印象的に感じたのは以下の3点でした:

1 最近の日本の製品に付加価値が無いこと:
たとえば扇風機。イギリスのダイソンは「羽のない扇風機」を発明し、大ヒットとなりました。そうした斬新さが日本の商品開発には失われています。

2 仕事を無理強いする企業風土:
組織内において上司からの圧が強すぎる文化が根強く残っています。こうした無理強いはまさに「脅しの経営」と渋谷氏は分析します。

3 無駄な仕事が1日2時間もある:
アンケートの結果、なんと5割もの回答者がそう答えています。これでは生産性は期待できないでしょう。

では通訳の仕事は?やはり自分の専門分野や強みをつけなければ、生き残るのが難しい時代に差し掛かっています。しかし、その一方で、周囲からの無理強いはありません。むしろ自分で自分を追い込むぐらいどの通訳者も事前準備をしています。限られた時間で予習をしなければいけないからこそ、無駄な仕事に労力を費やす暇はありません。

そう考えると、稀有な仕事かもしれませんよね、通訳という仕事は。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END