INTERPRETATION

第664回 パンケーキから考えた

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

2025年が幕を開けました!一年の始まりというのはワクワクしますよね。もっとも私の場合、昔から「世間が働いている時に休む」「世の中が休んでいる時に働く」を社是(どこの?)としているため、人々がお休みの日は格好の労働機会。よって、この年末年始もお仕事でした。いつもより電車が空いていてラク。思えば大学卒業後の企業人生活が続かなかったのも、「ラッシュ苦手」が主たる要因でした。

さて、せっかく年が明けたので、今年も何か自分なりの「モットー」を作らねば。あ、でも昨年は何を一年の計にしたっけ?と手帳をひっくり返すも、私のダイアリーは「4月はじまり」。書き込み開始は2024年春からでした。前年の手帳は押し入れの奥。今さら出して確認するほどでもないので、良しとしましょう。

というわけで、今年の通訳目標は次のようにしました:

1 AI通訳に負けない
2 そのためには技術をさらに磨く
3 お客様の希望第一で臨む

具体的に見てみましょう。

まずは「目標1 AI通訳に負けない」ですが、AI通訳はもう日進月歩の世界。2018年に明石家さんまさんがPRした某通訳機も、今ではアプリ版があり、生成AIまで盛り込まれている進化ぶり。米大統領選挙の同時通訳も、メディアによってはこの通訳機を用いて画面に訳文を表示したほどです。

となれば、どこまで私たち「ヒト通訳者」は生き延びられるのかは死活問題なわけで、そのためにも「目標2 技術をさらに磨く」が必須となります。つまり、どれだけ一生懸命あらかじめ準備をしたとて、当日のパフォーマンスが中途半端では、お客様を満足させることはできないのですよね。英語力・日本語力・知識力をとにかく身につけること。それだけです。

でも、だからと言って「はい、すべて拾えました(ドヤ顔)」と行かないのも、この仕事の特徴。たとえば晩餐会などの「晴れ舞台の通訳」。もちろん忠実に訳すのは大事ですが、いくら訳せたと言っても平坦で暗い声では場がしらけます。例えるなら、「お金を払って寄席に行った→噺家さんは演目のセリフをすべて言えている→でも感情がこもっておらず話し方も凡庸」。これだと何のために落語を観に行ったか、お客さんにとってはわからない。それと同じです。

ところで昨年末、「おしゃれでおいしそうなカフェ」を自宅で検索してからドライブへ出発。無事お店に到着。外見は写真通り、店内もインテリアが素敵で予想通りした。でも、店員さんは他意無き無表情状態。え?こちらとしても別に落語家さん並みの笑いを求めていたわけではありませんが、せめて、こう、もう少し笑顔があれば。

気を取り直し、メニューお勧めのパンケーキを注文。ほどなくして湯気を立てたふわっふわのパンケーキが運ばれてきました。まさにフォトジェニック!!でも、一口食べると・・・うーん、味が今一つ。甘さ控えめですが、控えめを通り越して「味が感じられない」状態。王道の味を誇る「某・市販プリン」の揺れに引けを取らないぷるぷるパンケーキでしたので、ナイフを入れるたびに左右に動く光景は楽しめたのですが。これぞ「顧客である私サイドの好み」と「提供側の商品」の不一致でした。

となると、ますます「目標3 お客様の希望第一で臨む」を通訳者の私は俄然、意識したくなります。パンケーキを機にそう考えた新年です。

(2025年1月7日)

【今週の一冊】

「まくらの森の満開の下」春風亭一之輔著、朝日新聞出版、2023年

久々に出会ってしまった。「開くな危険」という本に。

私にとって「電車の中で読むと爆笑してしまう本」があります。まずは「日本人の知らない日本語」(蛇蔵著、海野凪子著、メディアファクトリー、2009年)。日本語学校で学ぶ外国人生徒たちの様子が描かれています。もう一冊は、けらえいこ著「いっしょにスーパー」(メディアファクトリー、1994年)。新婚さんの日常を描いたコミックエッセイ。いずれもオモシロおかしくて、電車内では爆笑必須。

そして今回ご紹介するのが日テレ「笑点」メンバーの噺家・春風亭一之輔さんの一冊です。「週刊朝日」に連載していたものをまとめた本書、短編から成り立っています。編集部から毎週、師匠にお題が出され、それについて一之輔さんならではの視点が綴られているのです。「笑点」ウォッチャーの私としては、師匠がいつものあのけだるそうな口調で話しているのが活字から伝わってきて、笑わずにはいられません。

落語家さんというのは、日本の伝統芸能を守る貴重な仕事をしておられるわけですが、本書を読んでみると、ちょっとだけ通訳者と共通点があることを感じます。たとえば「体力勝負」。何があっても高座を休むことはできません。2つ目は「話す仕事」。相手に伝わるよう語る必要があります。そして3つ目は「フリーランスであること」。一之輔師匠もコロナ禍のさなか、収入が断たれて途方に暮れた様子を綴っています。ああ、似ているなあと、ますます噺家さんの世界に親近感を抱きました。

本書、どこからでも読めます。気になる「お題」からぜひどうぞ。日常への視点が変わること、うけあいです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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