第662回 「早く○○くださいっ!」
ここ数年、私がはまっているのが「宅トレ」。コロナを機に様々なエクササイズ動画が充実するようになりました。私の場合、お気に入りのYouTuberさんが何名かいて、サイトを覗いては在宅ワークの合間に動いています。おかげで肩こり・首こりが解消され、マッサージ店に行かなくなりました!
さて、そのYouTuberさんのお一人に、選曲・振り付け・声掛けが素晴らしい方がいます。動画を再生するとすぐに運動開始。長い前振りもありません。とにかく早く体を動かしたい私にはピッタリなのです。動画の長さも数十分のものからわずか2分のものまで!たった2分と侮るなかれ。かなりの運動量になります。自宅ですので人目を気にせずウェアも普段着でOK。本当に手軽です。
そのYouTuberさんは画面に表示する字幕も秀逸。モチベーションが上がる言葉がけはもちろん、ご本人もその運動をしながら「キツイっ!」「汗だく」などの思いを字幕で表しています。中でも私がつい笑ってしまったのが、
「早く休憩ください!」
でした。振付考案者のご本人でさえ、ハードで「休憩欲しい」と思われるあたりが、親近感につながるのですよね。
ということで、今日のお題は「早く○○くださいっ!」。通訳者バージョンです。
まず、筆頭に挙げられるのが、「早く確定くださいっ!」です。入札案件の場合、クライアントは複数のエージェントにかけあうことが大半です。でも、エージェントとしては、確定前から通訳者を確保せねばなりません。よって、私たち通訳者は「仮案件」ということで業務を請け負うことになります。
もちろん、お仕事を依頼されるのは本当にありがたいこと。ただ、私のようにフリーランスの場合、複数のエージェントからお声がけを頂くことがあります。となると、その特定日を「仮押さえ」している状態で、他社さんから同日に他案件の依頼があると、返答に困るわけです。前社の「仮押さえ案件」が、入札に敗れて他社に行くことになれば、仮押さえは解除となり、仕事はなくなります。ですので、確定か否かを早くいただけることは、私たち通訳者にとって死活問題なのです。
もう一つ「早く」とお願いしたくなるのが、「当日の資料や原稿」です。通訳者は業務日までの勉強が勝負。資料読み込み、単語リスト作成など、とにかく予習せねばなりません。時間をかけられれば当日のアウトプット品質を上げることができます。ですので、「早く原稿くださいっ!」となるのですね。
最後にもう一点。「早く動詞くださいっ!」も私にとっては大きな要素です。特に日本語から英語に同時通訳する場合です。というのも、英語の文章は主語の直後に動詞が来ます。文章の構成上、とにかく早く動詞が欲しいわけです。しかし、日本語は最初に主語を述べ、その後に説明文が来て、最後に動詞で締めくくります。最後まで聞かないと肯定文か否定文かすらわかりません。日英同通では本当に難儀するのです。
ということで、通訳者ver.の「早く!」は「確定」「資料」「動詞」となります。そしてもちろん、当日は「早く休憩くださいっ!」も。随分前のこと、某登壇者が、
「え~、最後となりますが」
と言いつつ、持ち時間10分を大幅にオーバーして30分も話し続けたことがありました。しかも「最後となりますが」を複数回連呼しておられたのでした。ふー。
(2024年12月17日)
【今週の一冊】
「日本国民をつくった教育:寺子屋からGHQの占領教育政策まで」沖田行司著、ミネルヴァ書房、2017年
以前、大阪で「旧緒方洪庵住宅(適塾)」を見学したことがあります。設立は1838年、蘭学者・緒方洪庵が開きました。ここから誕生した英才が福沢諭吉や大村益次郎、長与専斎などです。パネル展示を見ながら、当時の生徒たちがいかに努力をしながら学び続けたかを知りました。辞書を丸ごと書き写すなど、気の遠くなるような努力を誰もが払う時代だったのです。
今回ご紹介する一冊は、日本の教育史を振り返るもの。寺子屋から現在に至るまでが網羅されています。今でこそ一斉授業が主流ですが、かつての日本では1人1人が自分のペースで学んでいたのです。昔の教室風景を描いた絵を見ると、各々異なる学びをしていたことがわかります。寺子屋や藩校などは日本各地に設立され、今でも建物が残っていたり、資料館になったりしています。
本書の中で印象的だったのが、島津斉彬(しまづなりあきら。1809~1858)に関する記述。43歳で薩摩藩主となった斉彬は洋学に関心を抱き、シーボルトに会見したこともありました。本人はオランダ語を学んでいます。まだ海外渡航など困難を極めた当時、斉彬はあえて海外留学を勧めました。理由は、留学を通じて「一般の人々の苦しみを知ることができ、その国の事情を知り、視野を広めることができる」(p84)からでした。斉彬の教え子たちはその後、日本の近代国家の礎を築いたのです。
教えることと学ぶこと。これはどちらかに偏り過ぎてもうまく行きません。著者の沖田氏も「過剰な『教え』の論理が学ぶ意志」を失くしてしまうと警鐘を鳴らします。
教育について改めて考えさせられる一冊でした。
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