第152回 辞書、どう選ぶ?
セミナーや授業の際、「先生のお勧めの辞書はどれですか?」という質問をよく受けます。今の時代、書店に出向けば実におびただしい数の辞典が並びます。ちなみにイギリスの大型書店の「語学学習コーナー」はごく小さなスペース。「郷土史」「旅行記」の棚の方が明らかに大きいのです。そのような観点からすると、日本の語学学習熱というのは独特なのでしょうね。
さて、辞書というのは巷に出ている量が多い分、自分なりの基準を持っていた方が選びやすくなります。確かにネット上では色々とコメントも書かれていますので、そうした意見や「星の数」も参考にはなるでしょう。けれども使うのはあくまでも自分自身。学習者本人がその一冊を身近に感じ、手にとって活用することにこそ意義があると思います。
そこで今回は私自身がどのような基準で選ぶかご紹介いたします。
1.書評やレビューは参考程度にとどめる
まず私が自分自身に常に言い聞かせていること、それは「周囲の評価に惑わされない」という点です。私はどちらかというと影響を受けやすい性格でもあります。よって自分の考えが固まるまではあえてそうしたサイトなどを覗かないようにしているのです。これが前提条件となります。
2.書店で比較する
ある程度の規模の書店へ実際に出かけ、候補となる辞書を比較します。大型書店の場合、どうしても選択肢が増えてしまいますので、私はあえて中型書店をめざします。最近気になる単語を一つあらかじめ決めておき、複数の辞書を開いて比べてみるのです。説明が自分にとってしっくり来るか、分かりやすいか、読みやすいかなども評価ポイントです。
3.デザインも重視する
辞書は長期にわたって使うもの。だからこそ装丁はかなり意識しています。シンプルな色合いか、フォントは好みのものか、図は適宜入っているかなど、視覚的な要素も大事にします。
ちなみに私は多色刷りが苦手なので、赤と黒の二色刷りで満足です。また、どんどん書き込みたいので、ページに余白があるものも好みです。
4.洗練された例文か
学習者向け辞書には例文が掲載されています。購入の際に注目するのが「例文の質」です。辞書に限らず、近年は様々なテキストが学習者の関心を呼び起こそうと工夫を施していますよね。例文も身近な内容だったり、少し軽いものだったりというのが特徴です。
けれども、せっかく貴重な時間を費やして学ぶのです。だからこそ質の高い例文や心に響くような一文を私は求めたいと思っています。
5.まえがきも大事
辞書のまえがき。これをわざわざ通読する人は少ないかもしれません。けれども私はあえて目を通すようにしています。なぜなら辞書の編纂者たちがどのような思いでこの辞書を世に生み出したかが綴られているからです。携わった先生方の思いが熱いかどうか。それも私にとっては評価ポイントです。
テキストや辞典選びに「絶対的正解」はないと私は考えます。ですので皆さんもどうぞご自分の判断基準に自信を持って、「自分ならではの一冊」を選んでみて下さい。そうして選び抜いた辞書は、きっと皆さんに学びの喜びをもたらしてくれると思います。
(2014年2月17日)
今の時代、人々はもっぱら電子辞書やネットで言葉の意味を調べるようになった。探している単語の語義をピンポイントで素早く知ることができるのだから、本当に便利だと思う。私も放送通訳の現場ではテレビ画面を見つつ、耳で英語を聞き、口から日本語訳を出しつつ、不明単語を電子辞書のキーボードに入力する、という作業を続けている。ニュースなのでレポートの長さはわずか2分弱。終わる直前に単語の意味が調べられれば何とか滑り込みセーフで訳出できる。ハラハラドキドキの瞬間だ。
さて、今回ご紹介するのはフランス文学の翻訳で有名な野崎歓氏の最新刊。私は普段あまり小説を読まないのだが、野崎氏のエッセイは好きで、これまでも色々なところで連載を拝読してきた。1月末に出たばかりの本書はタイトルからして通訳者心をくすぐるもの。迷わず購入した。
読み進めてみると、フランス文学だけでなく、日本文学やドイツ文学など、野崎氏がいかに幅広く文学を愛しているかがわかる。文学論として読むのも楽しいであろう。私が興味を抱いたのは、むしろ翻訳者としてのあり方や翻訳そのものに関する記述である。なるほどと考えさせられた箇所がたくさんあった。
中でも心に響いたのは次の一節である。
「翻訳は他者の生命をあずかる仕事であり、そこに大きな責任がある。」
私は通訳をする際、まさにこのことを痛感する。たとえばニュースの場合、紛争地帯で記者たちが命がけで取材した内容を私たちは通訳するのだ。薄っぺらい訳になっていないか、意味をとらえているか、現地の悲惨な状況を私情をまじえずに訳せているか。色々なことを考える。
野崎氏はまた、たとえ何度も訳したことのある作家の小説であっても、次に請け負った際、翻訳が「うまくいくかどうかはわからない」と記す。私もいつもそのような感覚に陥る。テレビ局のスタジオでマイクのスイッチを入れる瞬間、最後までうまく訳し切れるという保証はないのだ。野崎氏は、森鷗外の次の文章を引用している。
「その日本語でこう言うだろうと云う推測は、無論私の智識、私の財能に限られているから、当るかはずれるか分らない。」
まさにそうなのだ。同時通訳という仕事は私の蓄えてきた「知識」と「リソース」だけが頼りなのだ。私にとっての修行はまだまだ続く。
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