INTERPRETATION

第151回 数字トレーニング

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

「え?million?ビリオンって言った?・・・ってことは10億?1000万?」

通訳学校で学んでいた頃、私は数字がとにかく苦手でした。今でも「大得意!!」と自慢できるものではありません。ただ、この仕事を続ける以上、数字を瞬時に変換することは避けて通れないのですよね。デビュー当初は苦手意識を克服するために色々と自分なりに試してみました。そこでしみじみわかったこと、それは「地道に訓練するのが一番の近道」というものでした。

今回のコラムは数字訓練に関する話題です。ポイントとして以下の3つの観点からお話しましょう。

1.位(くらい)を日英で書き出し、電子辞書に貼りつける

用意するのは大きめの付箋紙。そこに「0」から「1兆」までの数字を書き出します。そして数字の位ごとに日本語と英語を記入します。以下のような感じです。英語の場合、コンマの左側が新しい位になるのが分かりますよね。

14.02.10.jpg

私は通訳者としてデビューしたころ、数字が出てくる会議の際にはこの付箋紙を電子辞書の画面脇に貼り付けていました。その後も慣れるまでは机の前や目につくところに貼り、「できる限り視界の中に入れる」ことで、まずは語に慣れることから始めました。

2.日本語新聞と英字新聞の活用

「時間ができたら読もう」と積読になった紙の新聞。でも新聞というのはいわば「生鮮食品」のようなもの。その日を過ぎれば情報は古くなってしまいます。私も多忙さを理由に積み重ねたことが何度もありました。ただ、そのまま捨てるのはもったいないですよね。そのような時は「よし!数字だけ拾い読みして、逐次通訳しよう」と考えて活用しました。

方法はいたって単純。新聞に出ている数字だけを拾い読みし、それを声に出し、目的言語に訳していくだけです。位があやふやであれば、先の付箋紙を活用しながら手早く訳していきます。細かい数字まで訳すのが大変であれば、四捨五入したものでも良いですよね。たとえば「53億4千万円」と記事に出ていたら、about 5.3 billion yenで良しとします。むしろ重視したいのが「単位」。円、メートル、キログラムなど「何の数字を表すか?」を訳すよう心がけました。

3.お菓子の箱も立派な教材

たとえば、あるスナック菓子には「乳酸菌2億個」と書かれています。これも活用しない手はありません。「乳酸菌・・・は後で英訳を調べるとして、2億個は・・・200 million!」という具合で訳してみます。

サプリメントなどのCMで「○○成分1600ミリグラム配合」と聞けば、やはり数字だけ変換します。銀行の店舗内にあるポスターを見たら、そこに書かれている金利の数字も頭の中で英訳します。書店のPOPに「480万部突破!」とあれば4.8 million copiesと直してみる。このような具合で「数字キャッチャー」のごとく、街中で数字を探すのも楽しい作業です。

以上、大まかなポイントを3点お伝えしました。

放送通訳の現場では毎日多くの数字が飛び出します。CNNやBBCなど、欧米のキャスターが話す英語は世界最速とも言われます。理想はすべての数字をきちんと訳出することですが、どうしても拾えなかった場合は「ひとつ上の次元で訳す」ことを私は心がけています。たとえば細かい端数が聴き取れなければ四捨五入する、「およそ」「○○以上」という語を補ってざっくりととらえるなど、その場その場で工夫を施す必要があるのです。大事なのは「数字が理由で訳を中断しないこと」だと私は考えています。

英語や通訳の勉強というのはスポーツと同じで、日ごろのトレーニングが本番で成果を発揮します。私の場合、放送通訳現場からわずか数日でも離れてしまうと、瞬発力が鈍ってしまうのです。それを避けるためにも日々の訓練が欠かせません。でもせっかくの練習ですので、自分自身が楽しいと思える方法を続けるのが第一だと思っています。

(2014年2月10日)

【今週の一冊】

「ロングセラー商品のデザインはここが違う!」日経デザイン編、日経BP社、2013年

大学時代にゼミ合宿へ出かけたときのこと。皆で「原材料名当てゲーム」という遊びをやった。これは一人がお菓子のパッケージを手にし、残りのメンバーが原材料を当てるというもの。「小麦粉!」「生クリーム!」「香料!」という具合だ。なぜか大いに盛り上がった。

それがきっかけだったのかもしれない。以来私は商品を購入すると、ついついひっくり返して裏に書かれている情報を読んでしまう。「ん?ステアリン酸カルシウム?英訳は?」と辞書を引くのも楽しい作業だ。

「ことば」を生業にしている私にとって、単語以外にも書体やデザイン、形状や紙質なども興味の対象だ。近年のスナック菓子は開け口に工夫が施されている。食べかけでもしけらないようジッパーがついているし、ふたを切り口の中に押し込むこともできる。海外で暮らしていた頃は、商品をいったん開封すると輪ゴムで閉じなければならなかった。日本のこの気くばり(?)は表彰ものだと思う。

さて、今回ご紹介する本はベストセラーとしておなじみの商品が取り上げられている。パッケージがリニューアルされると、直前までなじんでいた柄もなぜかあっさり忘れてしまう。しかし、本書をめくってみると「そうそう、こういうデザインだった!」と懐かしさがこみ上げる。

商品というのは、中身さえ良ければいいというわけではない。もちろん、味や性能は第一である。しかし、その時代に合致したデザインも大事な要素なのだ。外見の柄だけではない。ヒットし続ける物というのは、お客様のことを第一に考えつつ、常に使いやすいように改善がなされているのだ。

たとえば本書の128頁から8ページを割いて紹介されている旭化成のサランラップ。かつては金属の刃がついており、手を切ってしまう恐れがあった。しかし改良に改良を重ねて今ではケガをしない作りになっている。ちなみにイギリスでは食品用ラップフィルムをcling filmと言う。cling、つまり「くっつく」はずなのだが、いやはや見事にはがれてしまう。在英中、両親に頼んで持ってきてもらったほどだ。

子ども時代に食べたお菓子、大人になってから使い始めた洗剤など、本書には様々な商品がカラー写真で紹介されている。慌ただしい通訳業務を終え、本書にあるような美しい写真を眺めながら一息つくとホッとする。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END