INTERPRETATION

第649回 やめろと言われても

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

タイトルを見て昭和の歌詞を思い出された方、同じ世代です!

という前置きはともかく、今回も「学び」に関するお話です。ここ何回か本コラムで「楽しんでいる人に学ぶ」「教材や学習法を変えても良い」という趣旨を書いてきました。せっかく習うのであれば、楽しそうに指導してくれる人についていくことは大事ですし、自分の気に入った勉強法を試行錯誤することも発見につながります。

さらにもう一つ、私が最近心がけているのが、「周囲から『いいかげん、もうやめたら?』と呆れられるぐらい没頭できるモードを見出すこと」です。具体的に見てみましょう。

以前の私は運動も英語学習も「正しいやり方」を求めてさまよっていました。「勉強法」と書かれたハウツー本を読んだり、ネットで達人の体験談を検索したり、という具合です。ただ、私自身がその人とまったく同じ人生境遇ではないので、すべてを模倣することは不可能。ですので、数ある方法のうち、私の中で取り入れられるもの「だけ」選んで実践してきました。

それはそれで良かったと思います。ゼロからあれこれ自力で練り上げるよりも、すでにtried and testedな方法を知り、それを拝借する方が効率的だからです。

ただ、しばらく経つと飽きてしまうのですね。「目的が達成されたから物足りなくなった」ということもあれば、「そのメソッドが何となく合わなくなってきた」というケースもありました。そこで大事になってくるのが、「では、どうするか?」を考えることなのです。

惰性で続けること自体、悪いことではありません。何もしなくなるより、実力を維持することができるからです。でも、潜在意識の中でモヤモヤしていれば、時間を浪費してしまいます。思考停止状態のまま生きていると、虚しさも出てきてしまうでしょう。

そこでこう考えてみるのです。「自分は次のステージに上がったのだ」、と。それは自分の飽き性分が悪いのでもなく、やり方がいけないのでもない。ただただ、新たな人生のチャプターが開いた、ということなのです。そうしてまた新しい方法を探し求める旅が始まります。

ちなみに私はこれまで運動に関してはスポーツクラブのスタジオレッスン一択でした。長年通っているので、顔見知りもいます。レッスン前後の何気ないおしゃべりは良い気分転換にもなっていました。けれども最近、動画サイトで楽しいエクササイズ動画を発見し、すっかりそちらに傾倒しているのです。そのYouTuberさんはトークも楽しく動きもバリエーション豊か、音楽のセンスも抜群です。自宅にいるだけでここまで体を動かすようになるとは正直思っていませんでした。それぐらい今はせっせと宅トレに励むようになったのですね。

以来、仕事の合間にしょっちゅう運動している私を見た家族からは、「また宅トレ?」と半ば呆れられています。それこそ「やめろ」と言われても続けたくなるぐらいの高いクオリティ動画なのです。

これまで苦手だった運動でさえ、こういう展開もありうるのですよね。みなさんの学びも、きっとそのようなシナリオはあると思います。ぜひ、躊躇せず色々とトライしてみてくださいね。

(2024年9月10日)

【今週の一冊】

「古いのに新しい!リノベーション名建築の旅」常松祐介著、講談社、2019年

レトロ建築が大好きで、旅先でもよく探し歩いています。数年前、京都を旅した際も神社仏閣そっちのけでレトロ建築の旅を堪能しました。日本の建築界の黎明期を切り開いた建築家、あるいはお雇い外国人として尽力した人たちなどのデザインに魅了されています。

今回ご紹介するのは、同じ名建築でも「リノベーション」に焦点をあてた一冊。赤レンガ駅舎の東京駅も、大々的な改修を経て今の形になっていますよね。本書には、日本の各地に今なお現役で建っている建物が取り上げられています。

最近のリノベーションの特徴は、もともとあった建造物に近代的な建物を追加していること。たとえばパリのルーブル美術館は、荘厳な石造りの横にガラス張りのピラミッド型構造物が建っています。日本でも国際子ども図書館にガラス・スクリーンが設置されていたり、北区立中央図書館の赤レンガ棟(元・陸軍軍需工場)に明るい新館が建てられたりしています。

中でも私がオススメするのは札幌市の北菓楼札幌本館。数年前、たまたま前を通りがかり入ったのですが、元図書館のこの建物は現在スイーツショップになっています。他にも大阪府立中之島図書館や名古屋市の豊田産業技術記念館、京都府のアサヒビール大山崎山荘美術館など、昔訪れた旅先が掲載されていて嬉しかったです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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