INTERPRETATION

第647回 ハードルは下げて良い

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

来週からいよいよ9月。今年も残り4カ月と考えるとオドロキです。「読書の秋」「スポーツの秋」というように、新しい季節に心機一転を図りたい方もおられることでしょう。新たな学びを始めるのもワクワクしますよね。

学びには「学校に通う」「自力で学ぶ」の二通りがあります。たとえば通訳者になりたい場合を見てみると、「通訳養成所に入る」「テキストやネットを通じて自学自習する」という具合です。

どちらが良いのかは、学習者の好みや置かれている環境(スクールの好みや自身のスケジュール、予算の問題など)によりけりです。ただ、私自身の経験からお話すると、「完全な初心者の場合、まずはスクールに入ること」をお勧めしたいのですね。

理由があります。その分野のプロにまずは学ぶことで、概要がわかるからです。通訳スクールであれば、指導するのは現役の通訳者が多いため、通訳業界のことも聞けるでしょう。どれぐらいの英語レベルに自分を持っていけば良いのかも見えてきます。一方、自学自習の場合、「業界が求めるライン」がつかみづらいため、ややもすると「完璧」を求めすぎてしまい、通訳デビューまでの道のりがとてつもなく長く思えてしまいます。よほどの強い意志がないと、挫折しかねないのです。

よって、学習初心者マークの時期は指導者の元でコツをつかむことが大事になってきます。逆を言えば、通訳スクールで学習法やデビュー法などがわかったら、あとは自分でどんどんトレーニングを積みかさね、いかに早く現場に出るかに焦点をあてた方が、自分の夢実現への近道となるでしょう。

これは筋トレにも当てはまります。まったくの運動初心者がいきなりやみくもに体を動かしてしまえば、怪我をしてしまうかもしれません。ですので、最初はスポーツクラブのスタジオレッスンに出たり、パーソナルトレーナーをお願いしたりして、正しいフォームや栄養・休息などについて学ぶことが肝心です。

こうしてメソッドがわかったら、あとは自分で実行あるのみ。「正しいやり方」に固執するよりも、「自分が楽しめる方法」を探求していくと、長続きにつながります。最近私が自宅で筋トレに励めるようになったのも、スポーツクラブである程度の方法を教わったからです。今は「楽しいエクササイズ動画」を探しては自宅でせっせと体を動かしています。おかげでジム通いをしていた頃より、明らかに体調が良くなりました。

「楽しむこと」はある意味、自分の中のハードルを下げることでもあります。追い込み過ぎて嫌になっては元も子もありません。自宅通訳訓練の場合、毎日毎日ハードな日英通訳練習をしていると、息切れしてしまうかもしれませんよね。それよりも、「今日はちょっと疲れたから音読のみでOK」「シャドーイング1分だけ」で構わないと私は思います。エネルギーを取り戻したら、また復活すれば良いのです。

ちなみに最近私がハードルを下げていることは「読書」。かつての私は書店で本を大量に「大人買い」していました。しかし、読み切れず積読がプレッシャーでした。そこで今はもっぱら図書館から借りるだけ。「斜め読みで良し」「返却日まで読めなかったら返す」をマイルールにしています。

(2024年8月27日)

【今週の一冊】

“The Kamala Harris Story” 西海コエン著、ラダーシリーズ、IBCパブリッシング、2021年

バイデン大統領が選挙戦から撤退を表明し、ハリス副大統領が民主党大統領候補者として正式に決まりました。いよいよこれから11月の投票まで、選挙戦が本格化します。放送通訳に携わる私にとって、背景知識を得ることはとても大事。ということで、今回選んだのが本書です。

ハリス氏の自伝は既に出ていますが、本書の特徴は英語学習者向けに易しく書かれているということ。ラダーシリーズは学習者を対象にレベルが5段階あり、自分の英語力に応じて選べます。本書は難易度が高いレベル5。とはいえ、巻末の単語リストも充実していますので、スラスラと読み進められます。活字が大きくページ数が少ないのも特徴です。

全6章からなる本書は、各章の冒頭に簡単な背景説明が日本語で書かれています。複雑なアメリカ大統領選挙についてわかりやすく出ており、ハリス氏の生い立ちやアメリカの公民権運動のこと、2020年のバイデン政権誕生なども網羅されています。

ラダーシリーズやオックスフォード大学出版局などから出ているレベル別書籍(graded readers)はテーマも多岐にわたり、多読・速読をする上でうってつけです。私自身、実はグレーデッド・リーダーズは今回が初体験。これほど読み易いのであれば、英語で教養を素早く身に着けられそうです。他のタイトルも気になります!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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