INTERPRETATION

第645回 苦手克服、どうすればいい?

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

正直に申し上げると、私は「英日」同時通訳は好きですが、「日英」同時通訳には苦手意識があります。理由は以下の通りです:

1 日ごろ携わっているのは放送通訳で、英語から日本語の一方通行が多い
2 英語が自分の母語ではない
3 日本語は最後まで聞かない限り動詞が出てこない。でも、英語は先に動詞

このような感じです。上記をそれぞれ深掘りすると、

1 量的要因
2 成育環境的要因
3 言語的要因

ということになります。

では、この苦手意識を克服するにはどうすべきでしょうか?

1に関しては「量」が問題ですので、日英訓練を増やすのみです。2は生まれ育った理由ではあるものの、やはり量を増やせば追いつけます。しかし、3だけは言語の構造差異により、「私一人のチカラ」で何とかできるものではないのですよね。となると、できることとしては、

1 日英の動詞の処理方法を自分で研究する
2 業務内容を徹底予習することで、話者の論点を予想できるようにしておく

といったところでしょう。いずれにせよ、こうして改めて見てみると、とにもかくにも「特訓量」がモノを言うのであり、四の五の言わずにやるべし、です。あのスポーツシューズCMのJust do itということですよね。

私の場合、これまで日英同時通訳を請け負うと、必ずや帰路が「一人反省会」と化します。放送通訳の仕事と比べて、自分の中では改善点が多数見つかるからです。でも、上記のように理由がわかってくると、具体的な行動をとりやすくなります。

スポーツトレーナーの豊田一成氏は著書「一流の集中力」(ソフトバンク新書、2011年)の中で、試合直後に自身の振り返りをおこない、「良かった点」「良くなかった点」「改善点」を総括する大切さを説いています。総括をすることで再発防止につながるのです。逆に、失敗を繰り返してしまうのは「明確な解決策が見えていないから」(p189)ということになります。

ただ、注意点として反省しすぎることの弊害も氏は綴っています。なぜなら、かえってマイナスイメージを自分の中に植え付けてしまうからです。反省しすぎのタイプとしては「責任感が強い人」に多いとのこと。通訳者は職業タイプとして自らの責任感を重視する人が多いですので、要注意と言えるでしょう。

豊田氏はさらに続けます:

「総括が終わったら、ミスや失敗のイメージは噛み終わったガムのように屑籠へ捨ててしまうこと」(p189)

なるほど、いつまでも自分の頭の中で再現したりこねくり回したりしていては、前に進めませんよね。ちなみに私は顎と頬のトレーニングを兼ねてキシリトールガムをよく噛んでいます。これからの一人反省会では、総括終了時までガムを噛み続けようと思います(笑)。

(2024年8月13日)

【今週の一冊】

「勉強嫌いでもドハマりする勉強麻薬」海外塾講師ヒラ著、フォレスト出版、2023年

ちょうど一年ほど前、新聞広告で見てタイトルに衝撃を受けた一冊。表紙の悪魔イラストが何ともかわいらしくて、しかも学習モチベーションをいかに高めるかを唱えている模様。ようやく読む機会に恵まれました。

勉強と聞くと、つい「やらされ感」を抱いたり、めんどくささを感じてしまったりしがちです。でも、著者によれば、アプローチを変えるだけで必ず好転させられるとのこと。そのキーワードとなるのが4つの要素、すなわち「情熱・密着・達成・環境」です。

詳しくは本書に譲りますが、私個人の考えでは、通訳者の多くが「勉強大好き」です。その理由がこの4要素に合致する仕事だからなのですね。たとえば「情熱」の部分では「通訳者として社会のお役に立ちたい」という思いがあり、「密着」ではスマホやPCなどを使って疑問点は「速攻で」調べる習慣があります。一方、「達成」では通訳訓練を積み重ねることでどんどん訳せていく手ごたえを感じますし、「環境」では通訳現場という仕事舞台があります。このサイクルが通訳者の場合、目の前で展開されているのを自ら目撃できるのです。

一方、43ページには「勉強で人生を変える覚悟を持つ」とあります。人間は生きていれば良いこと大変なことに遭遇するもの。私は通訳や英語の勉強を通じて、そうしたさなかも支えてもらってきたと感じます。勉強が無かったら、しんどさから抜け出るまで時間がかかってしまったことでしょう。よって、英語は私の人生の恩人とも言えます。

なお、勉強をする上で素晴らしい人に出会うのもとても大切。「関わる人間の重要性」(p88)とあるように、良き師匠、良き仲間に出会えれば、必ずモチベーションは高まると私も思います。対面でなくても良いのです。書籍や動画サイトなどには「師匠・仲間」がみなさんを待っています。

学習意欲を高める上でも、ぜひ多くの方に読んで頂きたい一冊です。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END