INTERPRETATION

第644回 学ぶなら○○している人から!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

随分前のこと。航空機のパイロットの方から興味深い話を聞きました。トレーニングは非常にハードで、試験に合格できないと操縦士の夢は断たれてしまうとのこと。数週間にわたる訓練はうまく行ったり行かなかったりの日々で、気持ちが揺れることも数知れずだったそうです。

「気分が落ち込んだ時、どうしたのですか?」

私のこの問いに対して、次のような答えが返ってきました。

「教官がいつも言っていたのは、『落ち込んでいる時ほど、絶好調の人に近づけ』。そうすれば気持ちをプラスに転じられて、調子も復活するんですよね。」

なるほど、と思いました。人間というのはお互いに傷をなめ合いたくなるものです。辛い者同士というのは面白いもので、直感なのか強烈に惹かれ合うことがあります。双方の大変さを吐露し合うことによって、理解してもらえたという安心感は、確かに慰めに繋がります。

けれども、それ「だけ」で過ごしてしまうと、なかなかその沼から脱することができなくなるのです。だからこそ「調子の良い人」の傍に行くことで気持ちを上げる大切さがあるのでしょうね。

このようなケースはことわざにも見られます。「笑う門には福来る」「和気財を生ず」などです。不幸な状況下でうじうじしてしまうより、明るさに目を向けた方が色々と良いことがやってくるのです。

ところで私は自分が教える立場にある一方、「誰かから習うこと」も好きです。スポーツクラブのスタジオレッスンしかり、単発の講演会に出かけてみることしかりです。素晴らしい指導者や登壇者に巡り合うと、本当に嬉しくなります。

ではどのような人に私は惹かれるのでしょうか?答えはいたってシンプル。

「楽しそうに教える人」

です。「この学問の楽しさを知ってほしい!」「体を動かすのって楽しい!」という具合に、指導者やパネリスト本人が自分の専門分野をこよなく愛していることが伝わってくると、俄然こちらも興味を抱けるのです。それがたとえ私が大の苦手としているようなトピックであったとしても、です。

学ぶというのは本来「喜び」であるべきです。喜びにつなげるためには指導者が楽しく伝えなければなりません。どれほど理論的な知識があっても、伝達者本人がつまらなそうにしていては相手に伝わらないのです。

大学時代の私は「楽に単位がもらえる」という理由「だけ」で履修科目を選んでいました。でも、今、大反省しています。「楽しそうに教える先生を選べば良かった」と。

相性ももちろんあるでしょう。ですので秋から通訳スクールや習い事を検討中の方は、夏季短期講座や体験レッスンを受けてみてください。学ぶなら「楽しそうにしている人」から!ご自身にピッタリくる先生が見つかりますように。

(2024年8月6日)

【今週の一冊】

「定年からの寝ながらできる簡単筋トレ」比嘉一雄著、宝島社新書、2018年

先週はスクワットに関する一冊でしたが、今回は筋トレ本です。

数週間前から自宅で動画を観ながらトレーニングをしており、その効果を実感しています。そこで筋トレへの理解をさらに深めるために図書館から借りたのがこちらの一冊です。

タイトルに「定年からの」と書かれているのには理由があります。7月24日の工藤社長のブログ(https://www.hicareer.jp/blognews/kudo/26078.html)にもある通り、日本人が健康なのは通勤時間でたくさん歩くから。でも、定年になり、通勤が無くなるや日本人の歩行量はとても減ってしまうのですよね。そのことに警鐘を鳴らしているのが本書の著者・比嘉一雄さん。筋トレで有名な東京大学・石井直方先生の研究室を経て現在はパーソナルトレーナーとして活躍中です。

本の後半には具体的な筋トレの方法がイラストで示されていますが、むしろ私が注目したのは前半の解説の部分。いくつか印象的だった箇所を箇条書きします。

「筋トレ中は『動かしている筋肉に集中』すれば、効果が上がる」(p71)

「『緩い』『楽な』トレーニングに意味はない」(p76)

「(時間がないというのは言い訳)運動しようかどうか悩んでいる時間があれば、サッとやってしまいましょう。」(p81)

・・・どこかで聞いたことありませんか?そう、英語学習と全く一緒です。漫然と取り組むのでなく、たとえ短時間でも集中すること。そして「塵も積もれば山となる」を信じてコツコツと続けること。悩むぐらいならとりあえずやってみる。もう通訳訓練と何一つ変わらないのですよね。

動画サイトには楽しそうな筋トレがたくさんあります。私が自宅トレーニングに目覚めたように、一人でも多くの方に体を動かすことの楽しさを実感していただけたらと思います。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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