INTERPRETATION

第643回 「挫折ビジネス」

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

教える仕事をしていてよく受ける質問ベスト3(というものがあるのかどうかわかりませんが)の一つに、

「一番効率の良い学習法は何ですか?」

があります。「まじめに英語学習や通訳トレーニングをしているものの、今一つ効果が感じられない」という学習者さんに多いお悩みです。たとえば、「テキストをきちんとこなしている」「シャドーイングやサイトトランスレーション、クイックレスポンスに単語暗記、逐次通訳訓練を毎日している」という具合。「コツコツおこなっているのに、なぜか成果が感じられない」という、モヤモヤ感と悲しみ(&挫折感)が混在した感情と言えるでしょう。

私自身、この仕事を始めてからずいぶん年月が経ちましたが、今でも学習法は試行錯誤中です。指導者が書かれた学習メソッド本は読みますし、最新の教授法などもチェックしています。でも、すべてを取り入れるのは不可能ですので、いわばつまみ食いをしながら実践している状況。結局のところ、自分との相性が大きいのですよね。

同時に参考にしているのは、アスリートや芸術家(演奏家)のインタビューや自伝です。英語学習同様、一朝一夕でチカラがつく世界ではありませんので、そうした世界で活躍する人たちが、どのようなマインドで日々励んでいるのかを知ることは、非常に参考になります。

ところで最近私は自宅でエクササイズをするようになりました。それまではジムのスタジオレッスンに参加していたのですが、スケジュール的な要因も出てしまい、難しくなりつつあるのですね。幸い、動画サイトを検索すると、いやあ、あることあること!素晴らしい宅トレ動画が山のようにあります。目下、あれこれ視聴しながら自宅で体を動かしています。実はこの方が、わざわざジムまで往復するよりも、手軽にできたりするのですよね。

かつての私は「ジムに行くことで痩せたい」という目的が大きく、同時進行で食事制限をしたりしていました。とにかく「体重減少」が私の中ではメインだったのです。けれども、宅トレ動画を見るようになり、考えが変わりました。単に体重を落とすよりも、自分がめざすスタイルになる方が大事なのだ、と。自分自身がcomfortableになる体形になれれば良いのだと感じるようになったのです。

すると、英語学習とダイエットの共通点が見えてきました。

「痩せて体重を落とす」VS「目指す体形になる」

「TOEIC点数を上げる」VS「英語4技能をバランスよく伸ばす」

単に数字だけを追いかけると、その増減に一喜一憂してしまいます。でも、自分が理想とするバランスを目標にすれば、数字は気にならなくなるのですよね。

もう一つ。

「極端な食事制限」VS「バランスの良い食生活」

「やみくもに英語学習教材や動画サイト・アプリの視聴」VS「良質の教材を厳選」

体に良い食事をとれば健康になれます。同様に、あてずっぽうに英語教材を選ぶより、良い教材を信じて取り組む方がチカラはつくでしょう。

スクワット提唱者の森俊憲トレーナーは、ダイエット業界について「ニーズのなくならない挫折ビジネス」と著書で述べています(以下参照)。英語学習業界も同じです。だからこそ、世の中の流行に踊らされず、数字に振り回されず、自分を信じてしっかりと歩みたいと私は感じています。

(2024年7月23日)

【今週の一冊】

「神スクワット 1日20回からの腹も凹む究極のメニュー」森俊憲著、宝島社新書、2018年

先週に続き今週もエクササイズ系の一冊です。スクワットを推奨していることで有名なのが往年の大女優・森光子さんと名司会者・黒柳徹子さんですよね。シニアになられてからも現役で仕事をしておられることで知られています。

私がスポーツクラブに入会したのは大学を卒業し、社会人になってからでした。当時は実家から5駅のところにあったジムが我が家から最短距離。スタジオレッスンでエアロビクスデビューをしたのもそこでした。しかし、会社帰りに立ち寄るとなると荷物が増えてしまい、「平日は無理だから休日にしよう」となり、やがて挫折。その後、自宅から2駅離れたところに別のジムができたので移籍。しかし、やはり「電車に乗って行く」のは性に合わなかったのでしょうね。こちらもフェードアウトしました。

ここ20年ほど通っているのは我が家から通いやすいのですが、それでもスケジュールをスタジオレッスンと合わせるのはなかなか大変。そうした中、先週ご紹介した自重トレーニングの一冊をきっかけに家でもエクササイズはできると気づかされ、今回の一冊を新たに手にしたのでした。

スクワットに必要なのは、自分の身体を動かす半径数メートルだけ。正しくおこなえば実に効果があることを本書から知ることができます。回数よりも正しいフォーム、意識すべき筋肉をおさえれば、効果のあるトレーニングなのです。

スタジオレッスン自体大好きな私ではあるのですが、著者の次のことばが印象的でした:

「『自重トレーニング』の最大のメリットは、時間が無駄にならないこと」(p112)

そうなのですよね。ジムの場合、往復の時間、着替えの時間、レッスンのために並ぶ時間、トレーニング後のシャワー時間など色々と費やす必要があります。でも、自宅ならそれらをすべて省けるのです。

最近は動画サイトに素晴らしいエクササイズ動画がアップされています。私も最近お気に入りを見つけて、宅トレが楽しくなってきたところです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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