INTERPRETATION

第636回 オトナの学び

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

新年度から早や2カ月が経過しました。新しい職場や環境に慣れてきたころではないでしょうか?季節の変わり目でもあり、GWの疲れが出るのもこのころ。まずは体調第一で皆さまお過ごしくださいね。

さて、今回は「オトナの学び」と題してお届けしています。ちょうど今の時期というのは、自身の置かれた状況が少し落ち着き、一週間のスケジュールも安定してきます。「何か新しいことを始めようかな?」と考えるタイミングでもあります。

私が指導している通訳スクールも、そろそろ短期講座が始まります。サマーセッションとは異なり、数回にわたる講座が開講するのですね。春学期講座に入学しそびれてしまった学習者にとっては、身辺が落ち着いたこのあたりでスクールを体験してみるのも一案です。もし継続を決めるのであれば、短期講座から始めて夏期講座を受講し、本格的に秋学期へ進んでいけば、継続学習に繋がります。

では、スクール選びはどのようにしたら良いでしょうか?もちろん、学習者自身の価値観、学校に求めるもの、目標などにより異なってくるとは思います。ただ、義務教育とは違いますので、自分の好みを優先させることが第一と私は考えます。ちなみにかつての私は以下の順でスクールを選んでいました:

1 通いやすさ(職場・自宅から近いなど)
2 費用・曜日や学習期間
3 学習内容

通訳学校で学んでいた当時の私は、仕事後の夜に通学していたため、この順番が大事だったのですね。

しかし、いざ学び始めてみると、学習に求める優先順位は変わっていきました。具体的には以下の1つだけになったのです:

「先生との相性」

とにかく私にとっては限られた時間で学ぶ以上、「先生を尊敬できるか、憧れられるか」が絶対条件になったのです。それ以外の費用や期間、学校の立地場所などはどうでもよくなりました。

なぜなのでしょうか?それは、

「先生との相性が良い=先生の教え方が好き=授業が楽しい=クラスの雰囲気も良い=たとえ難易度の高い教材でも楽しめるし、頑張ろうと思える=たとえ学校が遠くても、その先生に会うのが待ち遠しくなる」

という循環が出来上がるからなのですね。

以来、私の中では英語学習に限らず、趣味の習い事を含め、「オトナの学び」はすべてこのルールで選ぶようになりました。

この選抜基準は、人間関係さえにも当てはめられると感じます。友達や恋人選びも、

「相手との相性が良い=相手が好き=相手といるのが楽しい=一緒にいる時の雰囲気が良い=たとえ双方の間でハプニングがあっても話し合って解決していこう・頑張ろうと思える=たとえいつも一緒にいられなくても、会うのが待ち遠しくなる」

ざっとこのようなところではないでしょうか。

まずは自分なりの価値観を持つこと。これはすなわち「自分を大切にすること」でもあります。皆さまのスクール選びに少しでも参考になればうれしいです。

(2024年6月4日)

【今週の一冊】

「こぐまのくまくん」E.H.ミナリック著、モーリス・センダック絵、松岡享子訳(福音館書店、1972年)

名著か否かの選出基準。それは発行年と刷数を見ればわかります。今回ご紹介する「こぐまのくまくん」は初版が1972年。以来60回以上も版を重ねています。名作として読み継がれていることがわかります。

絵を担当したモーリス・センダックと言えば、「かいじゅうたちのいるところ」が有名です。しかし、E.H.ミナリックのシリーズも担当しており、「かいじゅうたち」の絵を思い起こさせるタッチを見ることができます。

本書に出てくる「くまくん」は遊びや冒険が大好き。そしておかあさんに甘える仕草もたくさんしています。小さい子が母親を求める姿はどの国も、そしてどの生き物も共通ですよね。

1970年代の日本語訳というのは、今の日本語と比べると、親子間でも「ですます調」で話したり、「いいものをこしらえてやりました」(p8)、「わすれるもんですか」(p30)などの表現が出てきたりします。最近は大人が子どもに対して「○○しなさい」ではなく、「○○しようか」と言う傾向にありますが、昔は命令調や「○○してごらん」が多かったのです。

ところで近年、親子問題が社会課題になっています。残念ながら子を愛せない親ゆえに事件が引き起こされることもあります。その背景には、親自身が愛着課題を有したままということが多く、それは世代を超えて連鎖してしまいます。苦しい幼少期を経た子どもが親になっても、どう振る舞えば良いか戸惑うケースもあるのです。

でも、絶望することはないと私は考えます。絵本の中に描かれた親のイメージを参考にできるからです。たとえ一朝一夕にうまく行かなくても良いのです。「こうした優しい温かい心の親になりたいな」と思うだけでも大きな進歩。その思いに寄り添ってくれるのが絵本です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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