INTERPRETATION

第634回 得意?不得意?判断はそれだけ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

英語や通訳の授業をしていて、よく受ける質問があります。それは「具体的な勉強法」です。たとえば、

「オススメのリスニング教材はありますか?」

「どうすれば語彙力がアップできますか?」

という具合。このようなお尋ねに対して私の方から、

「○○出版社の△△という本、これ一冊だけ!」

「□#*アプリならボキャブラリー対策、間違いなし」

と言えれば、と内心思うのですよね。でも、悲しいかな、そのような魔法の杖型回答は持ち合わせていないのです。なぜならば、学習者の置かれている環境は様々ですし、私の好みの学習法がその方にとって相性ピッタリとも限らないからです。

ただ、共通してお伝えしていることがあります。それは「学びそのものを楽しむこと」。たとえば私の場合、日めくりカレンダーで「5月17日は高血圧の日」との文章を見ると、「高血圧は英語で何だっけ?そのままhigh blood pressureだったわよね。でも医学用語もあったなあ」と考えます。「そうそう、確かhypertensionよね。ところでtensionの語源ってラテン語?」とあれこれ連想していくのです。さらに血流の仕組みが気になり、ネットで人体解剖図を探し、臓器名を英語と日本語で調べたりします。そして次は動画サイトで子ども向けの易しい解説動画を英語で探したり、という具合。そちらを見ながらシャドーイングをしたり、YouTubeであれば和訳表示をしたりしていくのです。たった一つの出来事、つまり「今日の記念日」からここまで教材を「自作」していくのがこの上なく楽しいのですね。

でも、人には得手・不得手があります。自分が得意なことであれば、こうした工夫そのものが楽しいひとときであり、夢中になって取り組めます。その一方、ニガテ項目だとハードルが一気に上がってしまうのです。

たとえば先日のこと。一日中、家の窓を開けていたら夕方にはフロアリングが何となく埃っぽくなりました。そこで掃除機掛けをしたところまでは良かったものの、今一つザラつきが残っています。「たまにはウェットクイックルで拭き掃除しよう」と思ったのも束の間、次のような考えが次々と浮かんできたのです。

「うーん、でも結構ザラザラしているから、本格的に雑巾がけの方が良いかな?」

「でもうちに雑巾って無いのよね」

「ペーパータオルで良いかな?キッチンペーパーもハンドタオルもあるけど、どっちが良い?」

「あ、ウェットティッシュもあるなあ」

「綺麗になる拭き方ってあるのかしら?」

もう思考ノンストップ状態です。しかも「絶対に完璧なる拭き方」を意識したがゆえにハードルがとてつもなく高くなり、腰が重くなってしまったのです。しかもネットで検索すると、単なる拭き掃除でも色々と出てきます。いずれも美しい仕上がり。簡単そうに実践している動画もありますが、果たして私にそこまで綺麗にできる自信は・・・?うーん、無いかも。

ということで、要は「雑巾がけ=私にとっては不得意」なのですよね。でも考えてみれば、「たったそれだけのこと」なのです。気負い過ぎるから一歩が踏み出せなくなるのです。ならば四の五の言わずに「そこらへんの草でも・・・」ではなく(笑)、「そこらへんのペーパー」で気になる箇所を拭けば良いだけ。取り組めば綺麗になります、やらなければ変化無しなのです。

英語の勉強も同じ。迷っている時間がもったいないから私などあれこれ楽しもうと動きたくなります。ただ、これも英語が好きだからこそ。不得意項目であれば、考えすぎずにとりあえず着手する。それだけでも「やり遂げた」後の達成感は大きくなります。

(2024年5月21日)

【今週の一冊】

「木の実の呼び名事典」亀田龍吉著、世界文化社、2013年

美しい木の実の写真に図書館で迷わず手に取った一冊。こうした「ジャケ買い」ならぬ「表紙LOVE」で本を選ぶことがあります。本書を発行しているのは世界文化社。この出版社で思い出すのが、豪華月刊誌「家庭画報」です。コロナ前のヘアサロンでよく読んでいました(豪華でボリュームがあり、腕の筋力を要しましたが!)。

本書も同社の強みを生かしているのでしょうね。カラーが実に美しく、素晴らしいデザインです。副題は「散歩で見かける」とあり、私たちの身近な場所にある木の実が網羅されています。

ところで木々の名前は今の時代、すべてカタカナで記されますよね。「コナラ」「カラマツ」「メタセコイヤ」という具合。でも私はその漢字表記がつい気になります。本書はカタカナ・漢字表記だけでなく、別名や学術名も記載。「アメリカスズカケノキ」など、カタカナだとどこで区切るのか一瞬わかりませんが、「亜米利加鈴懸の木」と記されると、「鈴」のような形なのかなと想像がつきます。実際、木の実が鈴飾りに似ているのですよね。

幼少期に夢中になって集めたどんぐりにも、たくさんの種類があることを改めて知りました。お散歩がますます楽しくなる一冊です。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END