INTERPRETATION

第628回 新年度!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

さあ、新年度が始まりました!新しい職場、新たな環境など、今までとは異なる状況に身を置いておられる方もいらっしゃるでしょう。かつて会社員生活を送っていた頃の私は、後輩の入社があったり、人事異動があったりなど、新年度を肌で感じていました。フリーランスとして稼働する現在は、通勤電車の混み具合でそれを実感します。大学生を教えていますので、春学期開始というのは新たな出会いでもあり、嬉しい時期です。

ただ、春は季節の変わり目でもあり、新しい環境で疲れも出がち。そこで今回は新年度をスタートするにあたり、日ごろ私が意識しているポイントをご紹介します。少しでもヒントになれば幸いです。

1 「今」に意識を向ける
いわゆるマインドフルネスにも通じるのですが、人はややもすると「今・現在」ではなく、過去や未来を考えてしまうもの。せっかく目の前の「今」を幸せにできるチャンスなのに、昔のことや将来を憂うのはもったいないですよね。頭の中がそうなってしまった際、私は「よし、おしまい!!」と敢えて声に出し、手を叩いて考えを強制終了させます。声に出すこと、手をパンッと鳴らす「音」が耳に入ることで、切り替えになります。

2 楽しいことを考える
「今、自分は楽しいか?」を基準にします。あれこれ思いを巡らせても、今が充実するわけではありません。ならば、自分がこの瞬間に楽しめることを手掛ける方が生産的。かつて私は「自分が楽しめることが何かわからない」という時期がありましたが、あれこれトライすることで見えてきます。「本を読む」「映画を観る」「落語に行く」など、私の場合、楽しいことを探し続けており、手帳に書き込んでいます。ちなみに私のリストの筆頭にあるのは「片づけ」です(笑)。

3 断捨離をする
心が迷いがちの時期というのは、部屋の中の空気も淀んでいるように思えます。そこでお勧めなのが断捨離。別に大々的にする必要はありません。引出一つでも、アクセサリーボックスの中「だけ」でも良いのです。一つ処分をすることで空間が生じ、清々しい気分になります。ちなみに最近私は古着屋さんに凝っているのですが、まずはクロゼット内の不要服を処分してからお店に出かけます。「買ってきてから手持ちの服を処分する」のではなく、その逆。先に空間を作り出すことで、新たな服と出会える。そんな循環を感じています。

4 スマホルールの設定
「疲れているけれど、そのまま過ごすのは何か釈然としない」。そんな心境ってありますよね。疲労を言い訳に、手軽なSNSを長時間見続けた結果、余計落ち込んだ経験など私も数知れず。そこで最近はスマホにルールを設けました。触れるのは午前9時から午後7時までが原則。SNSは疲れるので一切やめました。ちなみにアメリカの社会福祉学者で、ふとしたことからインスタグラムのシニア世代インフルエンサーになったLyn Slater教授も、最近、SNSを辞めたことを公言しています。自分を失ってしまうこと、メンタルヘルスへの悪影響を挙げていました。

5 機械的作業の効用
スマホから離れてもモヤモヤしてしまう時、私は「機械的作業」に取り組んでいます。具体的には英文の音読。教材はどれでも構いません。意味を全把握することも目指しません。ただただ声に出して読んでいくのです。これだけでも実は英語学習につながるのですよね。少し元気なときは、読売新聞の社説を英訳することにも挑戦しています。こちらはThe Japan News(読売新聞英字版)に同日掲載されているので、自分の英訳と照らし合わせながら取り組んでいます。

6 絵本の活用
絵本というと、子ども向けというイメージがありますよね。でも、実は大人にこそ絵本を読んでほしいと思います。最近私は図書館から和訳絵本と原作の英語絵本を同時に借りて読み比べることに凝っています。訳し方の発見があり、実に楽しい作業!これを就寝前におこなっており、最後に声を出して読み上げます。自分のための読み聞かせです。絵本というのは心に沁みる内容が多く、穏やかな気持ちになって眠りにつくことができます。

いかがでしたか?今週は年度初めにあたり、6点ほど、生活に関するお話を書いてみました。どうぞみなさま、健やかな日々をお過ごしくださいね。

(2024年4月2日)

【今週の一冊】

「銭湯は、小さな美術館」ステファニー・コロイン著、啓文社書房、2017年

数週間前の週末、何気なくラジオを聴いていると、何やら銭湯の話題が。私自身、子どものころに近所のお風呂屋さんへ出かけたことはあったのですが、大人になってからは皆無です。スーパー銭湯にはこれまで何度か行きましたが、いわゆる商店街の中にあるような銭湯とは縁遠くなっているのですね。ラジオのトークでは、いかに日本の銭湯が素晴らしいかが生き生きと語られていました。

さらに注意深く耳を傾けていると、話者の方は何とフランス人!日本留学中にたまたま出かけた銭湯にすっかり魅了され、今はその伝道活動(?)をしておられるとのこと。彼女のお名前はステファニー・コロインさんで、肩書は「銭湯ジャーナリスト」。2015年には浴場組合公認の銭湯大使にも任命されています。

本書には日本各地の銭湯がオールカラーで紹介されています。タイルデザインは美術館のよう。昭和レトロな雰囲気が健在の場所も多く、その一方で新規顧客獲得のためにモダンな内装の所もあります。この一冊を手に聖地巡りならぬ銭湯巡りも楽しそうです。

ステファニーさんは留学を終えてフランスに帰国し、その後、社会人として再来日します。しかし、「日本人と日本語での仕事が中心」となり、ストレスをためてしまったとのこと。その時ふと学生時代に通った池袋の銭湯を思い出し、のれんをくぐったところ、ご主人が覚えていてくれたそうです。ステファニーさんは銭湯で心身を癒すことができたのでした。

人はこうして、「誰かに無条件に受け入れられること」で生きる力を取り戻せるのでしょうね。本書を読み、私も近所のお風呂屋さんに出かけたくなりました。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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