第624回 三日坊主?いーんじゃない?
最近よく見かける某・出前宅配サービスのCM。著名な女優さんが「いーんじゃない?」と語り掛けるセリフが印象的です。ちなみに「こうしたキャッチコピーを見るたびに英語の同時通訳をしている」と語っていたのは、かつて同じ英語塾で学んだ友人。海外経験が無い中、抜群の英語力でした。CMの最後に流れる企業イメージ英語キャッチフレーズも欠かさずシャドーイングしていた、とのこと。なるほど、こうした地道な積み重ねが英語力アップにつながるのですよね。なお、今回の「いーんじゃない?」、読者のみなさんならどう訳しますか?私ならオーソドックスに”Why not?”と訳したいところです。
さて、今回取り上げるトピックは「三日坊主」について。おそらく人間誰もが経験済みなのではと思います。かくいう私も、振り返ってみれば英語学習でも習い事でも随分と三日坊主を経てきました。
たとえば英検1級を目指していたころ。
意気込んで専用の単語テキストを購入し、学習計画を立案。初日は該当ページをコツコツと勉強するも、あまりの難しさに食傷気味。英検はTOEICよりも学術専門用語が多く、実に難関でした。それでも2日目は「決めた以上、やらなきゃね!」と自己激励して学習開始。ただ、集中力はがた落ちでした。そして3日目になり、「あー、こんなに難しい単語、覚えきれないわ~」との想念がデフォルトで脳内に常駐。テキスト上の活字を上滑りするだけとなりました。そして、ハイ、まさに三日坊主で放り投げました。
一方、習い事はと言うと、人生で一番長続きしたのは、3歳から18歳まで学んだピアノ。こちらは転居などで先生が何度も変わりましたが、幸い良き師匠に恵まれました。しかし、大学入学と同時にギター部に入ったため、ピアノはあっさり終了。それから数十年経った昨年、再び学びたい欲が高まり、近所のスクールへ。久しぶりのピアノは楽しかったのですが、「いくらでも指が動いて何でも弾ける若き栄光の日々」と「今の自分」の落差が激しく、想像よりも楽しめていないと痛感。こちらは三日坊主ならぬ「三週間坊主」でリタイアしてしまいました。
それでも「自分なりの英語学習」は細々と続いています。なぜでしょう?それは、「英語そのもの」への関心があるからだと感じています。語源を調べたり、派生語まで手を伸ばしたり、音読やシャドーイングなどが私にとって「楽しい作業」だからなのですね。スクールで学ばなくても、こうした取り組みをしていると一人ワクワクする。ゆえに続けられるのです。信号待ちの数十秒は長く感じてジリジリしたとしても、辞書の漂流旅はいくらでもできる。これは「楽しんでいるお陰だから」なのです。
「三日坊主」ということばはネガティブなニュアンスがありますよね。持続力が無い、もっと粘らなければいけないなど、この言葉は自分に対する「ダメ出しワード」になりかねません。同類のフレーズに「熱しやすくて冷めやすい」がありますが、逆の見方をすれば、「現状に満足するのでなく、常に自分のバージョンアップを目指して歩み続けている」ととらえることもできるのです。よって、私自身、「熱しやすくて冷めやすい」は最高の誉め言葉と思っています。
住職で精神科医の川野泰周さんは、マンネリの弊害についてこう述べています:
「自律神経の揺らぎを限りなくゼロに近い状態にしてしまい、好奇心やワクワク、活き活きとした感情を生み出さなくなる」
このような状況になってしまうと、なかなか前進できませんよね。
さあ、季節はいよいよ春。新しいことを始めたくなります。今まで取り組んできたことがマンネリ化していると感じているなら、勇気を持って他のことをしてみませんか?三日坊主になっても良いのです。自分に「いーんじゃない?」と言い聞かせて、素敵な春をお迎えくださいね。
(2024年3月5日)
【今週の一冊】
「藤田嗣治 手紙の森へ」林洋子著、集英社新書、2018年
昨年末、関西フィルのコンサートを聴きに日帰りで大阪へ。せっかくなので朝早めに東京を出発しました。日中のお目当ては藤田嗣治(ふじたつぐはる)の美術展です。アサヒグループ大山崎山荘美術館で開催されていました。ちなみにこの美術館には、アサヒビールの創業者・山本為三郎が集めたコレクションがあります。それにちなんで命名されたのです。なお、建物は関西の実業家・加賀正太郎が所有していた洋風の美しい邸宅。建物も必見です。
さて、藤田嗣治は20世紀のパリを拠点に活躍した日本人美術家。レオナール・フジタの名前の方が有名です。独自のタッチで描いた作品を一度は観たことがある方もおられるのではないでしょうか。
藤田は日本の枠におさまらず、視点を海外に向けます。最初の妻との離婚や父親との断絶など、多くの苦労に直面するも自らを信じて生きる様子が若き日の手紙からわかります。一方、第二次世界大戦後は日本の美術界を自ら離れてフランスに帰化し、その後も結婚と離婚を複数回繰り返しました。時代に翻弄されながらも、自身の生き方を正直に全うする様子は、今を生きる私たちに多くのことを考えさせてくれます。
美術史家・林洋子氏のわかりやすい解説と、カラー掲載の藤田作品。入門書としても、書簡集としても楽しめる一冊です。
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